小松内府

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こまつないふ


画題

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解説

画題辞典

小松内府は平重盛のことなり。清盛の長子、内大臣となり小松の館に居られたるを以て小松殿とも小松内府ともいう。初め保元の乱、父に従って功あり、正五位に叙し左衛門佐に任じ遠江守を兼ね、平治の乱、自ら待賢門を攻め、単騎源義朝の長子義平と相撃ち、紫宸殿前桜橘樹を七匝せしことあり。乱平ぎて後、功を以て伊豫守となり明年従三位に叙す。政権平家に帰して治承元年左大将となり内大臣となる。一代の興望を負うて中外に重を為す。特に資性忠直、物に接する温厚なれば最も人に仰がれたり、藤原成親等の党を語らいて平家討滅を企て事顕われて罰せらるゝや、清盛後白河法皇を別館に幽し参らせんとせしことあり、重盛極諫して纔に罷む。然れども清盛が勢威を恃みて跋扈驕傲横暴の日に甚だしきを見て、居常憂懼し、平家の衰亡のやがて来るべきを悟り、官を辞して死を熊野に祈り、朝廷薬を賜えども服せず、治承六年八月を以て薨ず、年四十二なり。重盛のこと、尚、「燈籠大臣」「重盛諫言」の条等参照すべし、

重盛画像は山城高尾神護寺にあるもの藤原隆信筆にして国宝なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

たいらのしげもり「平重盛」の事、その項を見よ。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)