宇治拾遺物語

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うじしゅういものがたり


画題

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解説

画題辞典

王朝の頃、宇治大納言隆国、宇治に閑居し、往来の人の物語をなにくれと聞くに随って草紙に書きつく、天竺の事、唐の事、本朝の事、奇聞珍事哀話とりどりなり、世人伝えて愛読す、後の人更に之に倣い、宇治物語に残れるを拾集して一書を成す、即ち本編にして疑ふらくは王朝の末の編輯であらう。記する所逸事奇聞多し、之れが内容の事実を絵巻として画けるものも多い。

狩野探幽の作あり、住吉具慶の筆(東京片野氏所蔵)あり、近衛公爵の旧蔵には探幽、常信、安信の合作あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

宇治拾遺物語は、鎌倉初期の作で世に宇治大納言といはれる源隆国が、宇治に閑居し往来の人の物語を何くれとなく書いたもの十五巻の冊子に纒めたが、それに漏れた説話を集めたのが此の書である、序文に曰く、

世に宇治大納言物語といふ物あり、此大納言は隆国といふ人なり、西宮殿の孫俊賢大納言の第二の男なり、年たかうなりては、あつさをわびていとまを申して、五月より八月までは平等院一切経蔵南の山ぎわに南泉房といふ所にこもりゐられけり、さて宇治大納言とはきこえけり、もとじりをゆひわけてをかしげなる姿にて、むしろを板にしきてすゞみゐはべりて、大なるうちはをもてあふがせなどして往来の者、たかきいやしきをいはずよびあつめ、むかし物語をせさせて我はうちにそひふして、かたるにしたがひておほきなる冊子にかゝれけり、天竺のこともあり、大唐のこともあり、日本のこともあり、それがうちにたふときこともあり、あはれなる事もあり、きたなき事もあり、少々はそら物語もあり、利口なることもあり、さま/"\なり、世の人これをけうじ見る十五帖なり、その正本はつたはりて侍従俊貞といひし人のもとにぞありける、いかになりにけるか、後にさかしき人々かきいれたるあひだ、物語多くなれり、大納言よりのちの事ちかき入れたる本もあるにこそ、さるほどに今の世に又物語りかきいれたるいできたれり、大納言の物語にもれたるをひろひあつめ、またその後の事などかき集めたるなるべし、名を宇治拾遺の物語といふ宇治にのこれるをひろふとつけたるにや、又侍従を拾遺といへば宇治拾遺物語といへるにや、差別しりがたしおぼつかなし。

この内容を描いたものに左の作がある。

住吉具慶筆     (重美)  原富太郎氏蔵

探幽常信安信合作        近衛公爵家旧蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)