妖怪雪濃段

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【書誌情報】



巻冊:二巻


分類:黒本・青本


作者:富川房信


国書所在:国会図書館、東北大狩野(鶴屋版黒本州二八)、大東急(「はけ物ゆきの段」)、竜門


成立年:宝暦十三年


丁数:十丁


版元:題簽及び一丁表・六丁表匡郭上商標から、鶴屋



【あらすじ】



 越後の山奥に住んでいた年よりむじなが、化け物修行と称し、見こし大坊主に化けて旅に出る。大雪のために泊めてもらった信濃の国の宿で、その宿の主人である古だぬきの三つ眼とその妻の雪女と共に、その武勇で名を馳せる坂田の金平を化かし殺してやろうという話になる。ところがこの金平武者が滅法強く、辻堂で寝ているところを驚かそうとするも、驚くどころか逆に刀で斬りかかってくる。  金平を驚かせることはできなかったが、往来を行く人々を驚かして、化け物修行を続ける見こし入道たち。その噂を街で聞きつけ、金平は化け物が出ると町人に聞いた山道に赴く。そこで襲い掛かってくる様々な妖怪を切りちらし、ついに正体を現した大むじなと古だぬきを生け捕りにする金平。それ以来そこの山道には化け物があらわれることもなくなり、修行を終えた金平が「鬼は外、福は内」と豆まきをして終わる。


【登場人物】



・見こし入道(狢)

ポピュラーな妖怪。巨大な体、ろくろ首のような長い首など、作品によって様々な特徴を持たされている。黄表紙では妖怪の親玉として描かれることも多い。(『化物見世出』、『新板ばけものづくし』)狸が化けているという設定も多くみられ、月岡芳年の描く作品の見こし入道の多くは狸が化けた姿である。(『和漢百物語 小野川喜三郎』『於吹島之館直之古狸退治図』)また、明治になってからも目撃例があり、その様子が『東京日々新聞』の新聞錦絵に掲載されている。


・雪女

雪の多い地域に残っている説話に数多く残っている。大体が人間とは思えない美しさとされることが多く。古今問わず人気の題材である。この話の舞台である越後と信濃は雪の深い地方であるため、雪女が出てくるのも道理にかなっている。この話では三つ目の女房とされている。


・三つ目(古狸)

三つ目入道や三つ目小僧は有名だが、この三つ目は僧の格好はしておらず、小僧という見た目ではないため、詳細は不明。信濃の古狸が化けた姿で、女房の雪女と共に宿を営んでいる。


・坂田の金平

「酒呑童子」で活躍した源頼光四天王の一人坂田金時の息子と伝えられる人物。武勇に優れ古浄瑠璃で金平浄瑠璃という一大ジャンルができるほど取り上げられている。また歌舞伎の主役としても描かれている。(『金平六条通ひ』)山賊を返り討ちにして従わせたり、進んで化け物退治に乗り出す勇猛な武者。


・大きな腕

唐突に腕を強調して描いていることから、この腕の場面は四天王の一人渡辺綱が、京の都で茨木童子の腕を切り落とすという『酒呑童子』のエピソード*1のオマージュだと推測できる。


他にも作中に「さまざまな化け物」とあることから、見こし入道は百鬼夜行を率いて金平をおどかしに行ったのではないかと思われる。


  • 1浄瑠璃の演目である、『酒呑童子』でのエピソードが最も有名だが、『平家物語 剣の巻』に記されている、渡辺綱と一条戻橋にいた鬼女の話が初出である。



【百鬼夜行絵巻】



まず百鬼夜行とはなにか、先行研究によると「平安朝ころから百鬼夜行という事象がつよく信じられ、恐れられていたことを伝える説話は結構多かったのだった。〈中略〉貴族などがやむをえぬ用などで従者などを引き連れて夜行するさいに、おそろしい妖怪の一群に出会い、さんざんな目に逢うという話型である。」(一九九二 『図画百鬼夜行 まえがき』)とされ、言葉自体は平安時代からあったことがわかっており、平安時代の人々は恐怖の感情をいだいていたようだ。しかし、現在に残る江戸時代の『百鬼夜行絵巻』を見ると恐怖どころか、コミカルな印象さえ受ける。では、なぜ恐怖ではなくコミカルが強く出ているのか。これには、絵巻物として発展する際の『鳥獣戯画』の存在が関係していると考えられる。『鳥獣戯画』とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて描かれたもので、ウサギやカメ、カエルなどを擬人化して世相をユーモラスに風刺した絵巻物であり、日本最古の漫画ともいわれている。これの影響を受けたためにコミカル色の強い百鬼夜行絵巻が生まれたのではないか。実際最古の百鬼夜行絵巻とされる「真珠庵本」やそれを参考にしたとされる百鬼夜行絵巻には、烏帽子をかぶり、まるで人間のようにカメに乗るカエルの姿が見て取れる。これは間違いなく、鳥獣戯画の影響であろう。

つまり、この『妖怪雪濃段』や黄表紙に登場するコメディチックな妖怪観を形成した根本は鳥獣戯画にあると考えられるのではないか。



【草双紙における妖怪の在り方の変化】



・黄表紙に描かれる妖怪

先にも述べたが、この『妖怪雪濃段』をはじめとして黄表紙や初期草双紙に登場する妖怪はコメディの要素が強く、禍々しさなどはあまり感じられない。実際、この作中でも往来を行く人を驚かせこそすれ命まではとっていない。それにその妖怪たちと対峙する金平も、打ち負かして降参させ生け捕りにはするが、命まではとっていない。この懲らしめてめでたしめでたしは他の作品にもよく見られる特徴である。(『狸のみやげもの』) また、最大の特徴としては、妖怪には妖怪のせかいがあり、人間のように職業を持ち、働くという。人間に悪戯をする以外の社会性のある妖怪についてかかれた作品が多くあることだろう。(『ばけ物よめ入り』『化物見世出』)このように人間のする役割を妖怪にやらせる。つまり、黄表紙の全盛期とは、江戸時代で最も人間が妖怪の存在を認めていた時期だと言えるのではないだろうか。


・合巻に描かれる妖怪

寛政の改革により、黄表紙など娯楽のための作品は厳しく罰せられるようになった。そのため、ユーモアに満ちた黄表紙の代わりに、黄表紙を長編化させ、テーマを人情や忠義といった真面目な内容にした合巻がたくさんつくられる。ここは妖怪たちにとっても転換期であった。人情や忠義ものでついて回るのは、仇討や憎しみといった人間の負の感情である。そしてそれを果たす手段として妖怪が用いられるようになった。これはある種、平安時代への原点回帰ともいえる。


妖怪の在り方まとめ

・「黄表紙など合巻以前の草双紙」コメディとしての妖怪。妖怪には妖怪の世界があり、人間のように職業を営んで暮らしている。妖怪物の主役は妖怪。

・「合巻」ホラーとしての妖怪。人間が変化したり、生み出したりするいわば人間の付属品のような扱われ方。妖怪物の主役が妖怪から人間になり替わった。


【参考文献】

・『鳥山石燕 画図百鬼夜行』(1992 国書刊行会)

・『日本ミステリアス妖怪・怪奇・妖人事典』(2011 勉誠出版 志村有弘)

・『山東京傳全集 第1巻』(2002 ぺりかん社)

・『羅生門の怪』(2004 角川書店 志村有弘)

・『金太郎の誕生』(2002 勉誠出版 鳥居フミ子)

・『図説 妖怪画の系譜』(2009 河出書房新社 京都国際漫画ミュージアム 兵庫県立博物館)