大元帥明王

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だいげんみょうおう


画題

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解説

画題辞典

大元帥明王、帥の字は読まず「だいげんみょうおう」と讀むを習とす、明王部の総司にして、身長八尺、青色、四面八臂にして刀、戟、輪、鈷、杵等を手にし、忿怒の相を顕はす、一切の将軍を領して国家を鎮護し、怨敵を降伏すとなり、本朝に於ては、嘉祥四年以来、鎮護国家の呪法としく治部省に於て御衣を給はり、この像を本尊として、大元帥法を修すること、朝延の大会たり、随つて古くより本像の名画少しとせず、左の二点は国宝なり。

山城醍醐寺所蔵一点(藤原時代)、

高野山西南院所蔵一幅(藤原時代)

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

大元帥明王は梵語で阿吒薄倶といふ。国家鎮護の神で小栗栖法琳寺の常暁、これを唐の花林寺の元照より相伝し、文徳天皇嘉祥四年正月八日勅を奉じて十七日これを修したので、歴代の天皇或は年の始にこれを祈誓し、或は即位の翌年にこれを修せしめたまふといふ。この修法のことは『公事根源』に大元帥法と書し帥の字は読まずたゞ大元法と読むのが口伝であると。  (仏教辞林)

形相は身の丈八尺(或は六尺)青色四面八臂で忿怒の相を為し、刀戟輪鈷等の武器を持す。  (尊容抄)

これを画いたものに左の諸点がある。

藤原時代 筆者不明(国宝)  山城醍醐寺所蔵

同上   (同)       高野山西南院所蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)