南院国師

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なんいんこくし


画題

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解説

画題辞典

南院国師、名は祖円、字は規菴、信濃の人、幼にして鎌倉の禅林に遊び、後京都に上り南禅寺に住して亀山上皇の帰依を受く、正和二年四月二日寂す、壽五十三、嘉歴三年南院国師と勅謚せらる、

京都南禅寺に画像あり、国宝なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

南院国師は信州の人、名は祖円、字は規庵、幼にして相の浄妙寺に投じ出家して仏光、瑞鹿等に依る、仏光之を器とし、内記に侍せしめた、弘安九年仏光入寂するや、京に上つて慧日寺に仏心を訪ふ、已にして仏心竜山に移るや、またこれに従ふ、正応四年の冬、仏心歿するや文応上皇祖円を召してその席を継がしめた、時に祖円巨福寺にあつたので、翌年寺に入る、年三十一、初め仏心の竜山を領する宮殿楼台未だ梵製ならず、祖円に及び一新す、大殿法堂、雲堂庫院、山門檀林、凡そ叢林のまさに当るべきもの皆異体にして成る、正和二年四月二日入寂す、年五十三、嘉応三年南院国師と勅諡せられた、辞世の偈に曰く『一躍々翻黄鶴楼、一挙々倒鸚鵡洲、臨行一著元不別、黄鶴楼前鸚鵡洲』と。

南禅寺にその画像を蔵す、国宝である。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)