北野大茶湯

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きたののおおちゃのゆ


画題

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解説

東洋画題綜覧

天正十六年の秋、豊臣秀吉此に茶湯会を開く、これを北野大茶湯といふ。『豊鑑』に曰く

其比その道に名ある千の宗易、時めきしに彼に学ぶもの数知れず、上の好事下従ふ習になむ、其様いはずとも知るべし、北野の御社のめぐり馬場の左右松の木下、梅の木陰岩のはざま千尋の陰などに茶屋のあるべき所をばかこひ志ある人々に与へて其巧に随ひ茶屋造りならべたり、遠き国の人まで此道にすけるは我も/\と上り集ひぬれば凡千人に余れり、其日は終日のゝしりどよみて会終れば心をつくしゝ工も皆取払けり、後が後まで北野大茶湯とて人の口ずさみに先立ける。

これを画いたものに左の作がある。

磯田長秋筆  『大茶の湯』  第十二回文展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)