剣の巻

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「剣の巻」は文学史的な位置づけが難しい作品である。まず、『平家物語』との関係において、作品の内部にあるものなのか、付冊とすべきなのか、独立して存在していたのかわかっていない。また、付冊にしても、『平家物語』に属すべきものなのか、『太平記』に付くべきものなのか、2通り考えなければいけない。独立したものであったとしても、『平家物語』や『太平記』から後に独立したものなのか、独立していたものが『平家物語』や『太平記』に取り込まれるようになったのか、わかっていない。『源平盛衰記』は『平家物語』の異本の一種とみられており、剣の巻については『源平盛衰記』においても同様のことがいえる。


また、『平家物語』、『源平盛衰記』、『太平記』において、「剣の巻」での頼光の話に類似した話が「剣の巻」とは別に、本編で登場していることがある。その例が『太平記』の「鬼丸鬼切の事」であり、「鬼丸鬼切の事」は一部「剣の巻」と共通しながら異説を多く含んでいることから、異伝と捉えられ、「剣の巻」での頼光の話が定着する以前、生成途次にあって揺れ動く頼光の話を今日に伝えるものだと思われる。


ここで取り上げるのは、『源平盛衰記』の「剣の巻」である。 『源平盛衰記』は『平家物語』広本系の一異本ともいうものであり、近世以降においては、別個の軍記物語として流布した。


○『源平盛衰記』剣の巻
 源満仲が作らせた宝剣の「鬚切」と「膝丸」を相伝した嫡男頼光の、2つの剣のエピソードが書かれ、「膝丸」を「蜘蛛切」に改名したエピソードが述べられているのである。


「膝丸」について、
   同年ノ夏ノ頃。頼光瘧病ヲ仕出シ。如何落セ共落ス。後ニハ毎日ニ発ケリ。発ヌレハ頭痛ク身発熱。天ニモ着ス地ニモツカス中ニウカレテ   悩マレケリ。加様ニ逼迫スル事三十余日ニソ及ケル。或時又大事ニ発テ。少シ減ニ附テ。醒方ニ成ケレハ。四天王ノ者共看病シケルモ。皆閑   所ニ入テ休ケリ。頼光少シ夜深方ノ事ナレハ。幽ナル燭ノ影ヨリ長尺許ナル法師スル/\ト歩依テ。縄ヲサハキテ頼光ニ附ントス。頼光是ニ驚   テ。カハト起キ。何者ナレハ頼光ニ縄ヲハ附ントスルソ。悪キ奴哉トテ。枕ニ立テ置レタル膝丸オソ取テ。ハタト切。四天王共聞附テ。我モ/\ト   走寄。何事ニテ候ト申ケレハ。シカシカトソ宣ケル。灯台ノ下ヲ見ケレハ血コホレタリ。手々ニ火ヲ炬テ見レハ。妻戸ヨリ簀子へ血コホレケリ。   此ヲ追行程ニ。北野ノ後ニ大ナル塚アリ。彼塚へ入リタリケレハ。即塚ヲ掘崩シテ見ルニ。四尺許ナル山蜘蛛ニテソ有ケル。搦テ参タリケレハ。   頼光安カラサル事カナ。是程ノ奴ニ誑カサレ。三十余日悩サル、コソ不思議ナレ。大路ニ曝スヘシトテ。鉄ノ串ニ指シ河原ニ立テソ置ケル。是ヨ   リ膝丸ヲハ蜘蛛切トソ号シケル。

<梗概>
(渡辺綱が鬼の手を切った頃か?)同年の夏の頃、頼光は病に伏しており、頭痛や発熱が30日も続いていた。ある時四天王のみんなも寝静まった所、火影に映った影が異様に長い法師が歩み寄ってくる。法師は頼光に縄をかけようとするが頼光はこれに気付き驚いて起き、枕に立てて置いていた膝丸を取って法師を斬った。四天王は騒ぎを聞いて頼光に走り寄ってきた。灯台の下や妻戸の簀に血がこぼれていた。この血の痕を追っていくと北野天満宮の奥に大きい塚があった。塚を掘り崩すと4尺ほどの山蜘蛛(土蜘蛛)が居た。ここで頼光の病気の原因がこの土蜘蛛であったことがわかる。頼光の命令で鉄の串に土蜘蛛をさして河原に立てて置いた。これより膝丸を蜘蛛切とした。





<参考文献>
黒田彰「剣巻覚書ー土蜘蛛草子をめぐってー」(『太平記とその周辺』より)
日本国語大辞典(「Japanknowledge」 2010年12月17日閲覧)