倪雲林

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げいうんりん


画題

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解説

東洋画題綜覧

倪雲林は元末の画家、名は瓚、字は之鎮、常州無錫の人、富豪の家に生れながら財を軽んじ学を好み嘗て清閟閣を建てゝ古書画を貯へた、元の末、世の騒擾を予知して一切の財物を棄て扁舟に乗じて身を五湖の辺に晦まし只管自然を友として之を写した、然も清逸高邁毫も俗臭を伴はず、画は初め董源を師としたが、晩年に及んで愈々円熟し古法を一変して天真幽淡を以て宗とし、或は黄公望と共に元季の高士と仰がれ或は黄公望、呉鎮、王蒙と共に南宗に於ける元の四大家と称せらる、其画に署名して東海瓚、又は懶瓚といひ、姓名を変じて奚元朗と称し、来陽館主、浄名居士、蕭間卿、雲林と号した、雲林の号最も著はる、性狷介にして潔癖、元朝滅亡の後、屡々明朝から召されたが、辞して受けず、明の太祖の洪武七年七十四を以て没した。

倪雲林を画けるものに橋本関雪筆(第十一回文展出品)がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)