伊賀局

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いがのつぼね


総合

南北朝時代の女官。

伊賀守篠塚重広の娘。後醍醐(ごだいご)天皇の妃阿野廉子(れんし)(新待賢門院)につかえる。

貞和(じょうわ)4=正平(しょうへい)3年高師直 (こうの-もろなお)の吉野攻めにより,後村上天皇や廉子が賀名生(あのう)(奈良県南部)にのがれたとき,局は巨木の枝をおって橋としたという。(『吉野拾遺』吉野川にて高名のこと)のち楠木正儀(くすのき-まさのり)の妻となる。至徳元=元中元年10月13日死去。


<参考文献>

『日本人名大辞典』上田正昭 講談社 2001.12 

『吉野拾遺詳解』中邨秋香 博文館 1899いがのつぼね


画題

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解説

(分類:武者)


前賢故実

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(『前賢故実』)