与話情浮名横櫛

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よはなさけうきなのよこぐし


総合


歌舞伎

嘉永6年(1853)1月江戸中村座初演。九幕三十場。歌舞伎。三世瀬川如皐作。外に海本彦兵衛・奈河晴助・市岡和吉ら。通称「切られ与三」「お富与三郎」。 1月14日より「花☆☆初役」の二番目として江戸中村座で初演されたが、好評のため次々に書き加え「加賀見山」の件を省いて、三月十四日・五月三日にそれぞれ返り初日を出し、六月三日まで続演。 配役は、伊豆屋与三郎・為朝・本田親常を八世市川団十郎、お富・女護ヶ島の姫梅薫女を尾上梅幸(後の四世尾上菊五郎)、観音久次・伊豆屋下男忠助・八丁礫喜平次を四世市川小団次、赤間源左衛門・和泉屋多左衛門を三世関三十郎、山鹿毛平馬・蝙蝠安を中村鶴蔵(後の三世中村仲蔵)、海松杭の松五郎・和泉屋手代藤八を中山市蔵、穂積左近妻関路を吾妻市之丞、穂積隼人妻小笹を中村歌六、伊豆屋与五郎を市川猿蔵など。 【構想】長唄の師匠四世芳村伊三郎が若い頃木更津へ旅稼ぎに行った折、土地の顔役あかし金左衛門の妾おまきと深い仲となった。二人は密会中を捕えられ、二人共身体に傷をつけられたが辛うじて命が助かり江戸へ逃げ帰った。後、深川の祭礼の時二人は再会して夫婦となりやがてお富という娘をもうけた。この実話を乾坤坊良斎が講談にし、一立斎文車や初代古今亭志ん生が高座にかけて評判となった。歌舞伎作者の三世桜田治助はこれをもとに嘉永四年に脚色し、八世団十郎と坂東しうかのコンビで上演するはずであったが都合で中止となった。この脚本をもとに如皐が脚色したのがこの作である。 【梗概】 序幕 江戸元山町の小間物屋伊豆屋の与三郎は、もと千葉家の重役穂積隼人の子息左近と双児の兄弟で、赤子の時から伊豆屋の養子となっていた。しかし伊豆屋には実子与五郎が生まれたので、与三郎はこれに跡目をつがせるためわざと放蕩に身をもちくずし、ついに木更津の藍玉屋へ預りの身となる。千葉家と結城家との婚儀が成立しようとしているが、それに必要な千葉家の重宝真鶴の香炉が紛失した。香炉預りの役は穂積隼人、その子左近の妻関路は急ぎ国許へ帰る(大川端薬師前・吉原花屋敷・大音寺前)。 二幕目 元深川の芸者で今は土地の親分赤間源左衛門の妾となっているお富は、木更津の浜へ浜遊びにくる。来合せた与三郎はお富の美しさに魅せられ、お富もまた与三郎を見染める(木更津浜辺)。 三幕目 お冨は噺家の相生を介して与三郎と文通をしていたが、源左衛門が鎌倉へ発った留守K与三郎と密会する。海松杭の松の密告でこのことを知った源左衛門はとって返して二人をとりおさえ、与三郎は身体に三十四箇所の切傷を負わされ、百両で藍玉屋へひきとられ命だけは助かる。お富は海に身をなげるが通りかかった和泉屋の番頭多左衛門の船に助けあげられる(赤間別荘・木更津浜辺)。 四幕目 三年後お富は多左衛門の囲い者となって源氏店(玄冶店)に住んでいる。そこへならず者となった与三郎が、相棒の蝙蝠安と共にゆすりにきてお富と思わぬ再会をする。二人は和泉屋の手代藤八の持っていた真鶴の香炉に関する密書と、切傷を直す秘薬を手に入れ、藤八は葛籠に入れられる(吾妻明神・源氏店妾宅)。 五幕目 質屋の和泉屋へ手代藤八としめし合せた悪人山鹿毛平馬が香炉を請出しにくる。しかし藤八はお富の妾宅に捕えられているので、香炉は穂積隼人の妻小笹の手に渡る。お富は多左衛門の実の妹とわかる(名所町質店)。 五幕目返し 小笹は平馬に殺され香炉は奪われる。そのあとお富と与三郎がきて、与三郎には実の母に当る小笹の死骸を発見する。与三郎はゆすりの罪で捕えられる(鎌倉稲瀬川・同野陳ヶ原)。 六幕目 女護ヶ島における源為朝と梅薫女の振事(「島廻色為朝」)。実は島抜けした与三郎が伊豆の海岸へ流れつき、眠った間に見た夢。 七幕目 香炉の紛失により左近は自害、妻の関路は順礼となって香炉を探す。源左衛門は非人となった与三郎に切りつけられるが、観音久次・関路・与五郎らの争いの渦と一つにまきこまれてしまう。その結果関路は源左衛門の手にかかって死に、深傷を負った与五郎は本田親常に救われる(飛鳥橋・平塚道辻堂・王子土手非人小屋・親常巡検)。 八幕目 自首を決意した与三郎はそっと伊豆屋を訪れる。そこで下男の忠助と会い意見をされた上、忠助のはからいでよそながら養父に会つて去ってゆく(元山町伊豆屋)。 九幕目 与三郎は大崎で観音久次の世話になっているお富とまたもめぐり会う。その夜久次は自害し、元穂積家の恩を受けたものと告白し、以前藤八から奪った毒薬に自分の生血をまぜて与三郎に飲ませると与三郎の刀傷は直り、人相書と似ても似つかぬ顏に戻る(大崎久次内)。 【特色】長編で現在では二幕と、意外性をみせる四幕とが上演される。幕末頽廃期の世相を反映した作。黙阿弥の『処女翫浮名横櫛』はこの作をもとにした作。なお、同題の合巻(楳田舎好文編・歌川国芳画、嘉永六年刊)がある。