七騎落

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しちきおち


画題

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解説

(分類:武者)

画題辞典

源頼朝、伊豆の配流にありて源家の再興を志し、治承四年八月以仁王の令旨到るに及び途に兵を蛭小島に擧げ三百騎を以て石橋山に陣す、大庭景親三千騎を以て來り攻むるに當り途に大敗し、頼朝土肥實平等と主従七騎、實平が故郷土肥に出て大杉の洞窟に匿れて纔に免る、此時敵府梶原景時が迫述の景親等を詐きて他に往かしめたるは知られたる逸話なり、やがて頼朝等七騎險を越して真鶴岬に至り之れより船を艤して房州に波り途に再擧を図るに至る、之を七騎落といふ。

謡曲「七騎落」にては頼朝房州落の際主従八人あり、祖父為義の都落の際にも、又義朝都洛の際にも共に主従八騎にて途に捕れたる不吉の例あるを以て、一人を舟より下さんとす、而も一人の残らんとするものなし、實平涙を振つて一子遠平を下船せしめたることを脚色せり。

狩野常信筆六曲屏風一雙

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

謡曲の名、頼朝石橋山の戦やぶれて、主従八騎真鶴ケ崎から安房に渡る船中のことを作つたもの、土肥実平は主君のために我子を上陸させ和田義盛は之を救つて目出度く舟に参るといふ筋で、作者は未詳、シテは土肥実平、ツレは源頼朝、同従騎五人、子方土肥遠平、ワキ和田義盛、狂言、船歌、処は船中である。一節を引く。

「如何に申し候ふ、御前にて候ふ、「我君を見奉りて今は安堵仕りて候ふ、「実に/\尤にて候ふ、「如何に土肥殿に申し候ふ、「何事にて候ふぞ、「此御供の内に、何として御子息遠平は御座候はぬぞ、「其事にて候ふ、さる謂有つて陸に残し置きて候ふ、「とくよりかくと申したくは候ひつれども、以前某に心を尽させられ候ふ其返報に、今まではかくとも申さぬなり、いて土肥殿に引出物申さんと、隠し置きたる舟底より、遠平を引き立て見せければ、「其時実平あきれつゝ、「夢か現かこは如何にとて、覚えず抱きつき泣き居たり、たとへば仙家に入りし身の、半日の程に立ちかヘリ、七世の孫に逢ふ事の、譬へもいまに知られたり。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)