「覚一本」

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応安四年(1371)、琵琶法師の明石検校覚一が、自分の死後に弟子たちの間で論争が起きないようにするために証本として作らせた本。ただし、覚一が口述し弟子有阿に筆記させた原本は現存せず、写本が残るのみである。「平家物語」の正当であるかのような権威化が進み、現在ではもっとも読まれる本となった。