黄石公

提供: ArtWiki
移動: 案内検索

こうせきこう


画題

画像(Open)


解説

画題辞典

漢の張良、下邳の圯上に遊び、一老父に遇う。老人履を地下に堕す、即ち良に謂って曰く、孺子下って我履を取り来れと。良平かならざりしも、其老を憫み、下って履を取る。老父足を以て之を受く、老父曰く孺子教ふべし、五日にして此に来れと。良期の如く往く、老人已に在り、怒って曰く遅しと。更に五日を約す、期に至れば又老人先づ在り、更に五日を約す、是に於て老人に先ちて約の処に抵る。適々老人より一巻の兵書を授かる、老人且つ曰く、後十三年齊の穀城の下黄石を見ん、是れ即ち吾也と。良之れより漢を援けて功成り、留侯に封ぜられ、高祖に穀城山随い至れば、果して一黄石あり、良請うて祠を立てゝ祀る、即ち黄石公なり。良が履を黄石公に捧ぐるの図は画家好んで筆にする所なり。

狩野孝信筆(丹波敬三氏所蔵)、狩野探幽筆(寺崎広業氏旧蔵)、曽我粛白筆屏風(東京帝室博物館所蔵)。尚「張良」の条参照すべし。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那の高士、漢の張良に兵書を授くる物語が名高い、伝は『列仙全伝』巻二にある、曰く

黄石公、漢張良于下邳圯橋、遇老父、☆(足偏+箕)踞令良取履、良毎曲事之、老父喜曰、孺子可教、遂授良書、旦謂曰、後十三年、斉北穀城山下黄石即我也、後、良功成封留侯、従高祖於穀城山、果得黄石、良、請立祠以祀焉。

張良が履をとつて黄石公に捧ぐる図は、古来よく画かれる。

曽我蕭白筆  高嶺秀夫氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)