鞆絵

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ともえ


画題

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解説

前賢故実

巴御前を見よ。

(『前賢故実』)

東洋画題綜覧

源平時代の勇婦、中原兼遠の女で今井兼平の妹、美貌で勇、武技に達してゐた、源義仲これを嬖とし一部の将とした、北国の戦に向ふ所皆功があり、義仲敗るゝに及び、騎の従ふもの僅かに十三人、鞆絵もその中にあつた、東国の兵追撃して来たので、鞆絵よく防戦し勢ひ甚だ鋭く、時に畠山重忠追つて鞆絵の鎧の袖を掴む、鞆絵之を払つたので袖は重忠の手に残つたといふ、義仲四宮河原に至る、従ふもの僅か七人、鞆絵もその中にあつた遠江の人、内田家吉、自から六十人力ありと誇つて鞆絵に肉薄す、鞆絵奮戦して、その首を切り義仲に示す、義仲憮然として曰く、惜しむべき勇士一女子の為めに獲らる、我もまた誰の手に死するやも知れず、義仲死に臨むもなほ女子を携へたとあつては適々名に累する懼れあり、汝はこれより去れと、鞆絵泣いて国に還る、時に年二十八、後、尼となつて越後の友松に余世を送つたといふ、鞆絵また巴に作る。

かわらがっせん「河原合戦」の項参照。

鞆絵を画いた作

土佐光祐筆  秋元子爵家旧蔵

木下春筆   第廿八回院展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)