荒海障子

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あらうみのしょうじ


画題

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解説

画題辞典

清涼殿丑寅の隅、北のへだてなる布障子を荒海の障子という。足長が、手長がなど、見るも恐ろしげなる荒海人を画けるものなり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

清涼殿の萩の戸の前なる弘廂の九間の所に立てた布障子である。手長足長を描く。

北妻布障子即荒海障子とみえたり、表に手長足長の絵ある故に名づく、北裏に宇治川の網代をかけて水魚をとらんとする絵をかきたり、枕草子に清涼殿のうしとらのすみの北のへだてなる御さうじには、あらうみのかたいきたるものどもの、おそろしげなる手長、あしながをぞかゝれたる上の御局の戸おしあけたれば、常に見ゆるを悪みなどすとあり。  (大内裏図考証)

弘廂板九枚、北有荒海障子南方手長足長、北面障子宇治網代墨絵也。  (禁秘抄)

嵯峨天皇の弘仁九年四月の条に『弘仁中被施画図』と見え、『著聞集』には一条天皇以来のものと記されてゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)