舎人親王

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とねりしんのう


画題

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解説

前賢故実

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天武天皇の第三子。清原氏の祖。生まれつき頭が賢くて、文才に富んでいた。元正天皇の時代に一品に叙せられた。帝の詔を受けて新田部親王とともに太子を補佐していた。また、勅命を受けて書紀三十巻を編集した。聖武天皇が即位したとき、五百の封戸を加えられていた。天平七年十一月薨去。舎人親王の葬儀のために、朝廷は監護役として従三位鈴鹿王等を遣わした。舎人親王の葬儀は大臣に準ずる儀で行なわれ、勅使の中納言多治比県守等がその場で太政大臣の官職を贈るという詔を宣した。廃帝(淳仁天皇)が即位して、父の舎人親王に崇道尽敬皇帝という諡号を贈った。

ぬば玉の夜霧ぞ立てる衣手の高屋の上にたなびくまでに

(『前賢故実』)

東洋画題綜覧

天武天皇の第三皇子に在し、『日本書紀』三十巻を撰し、我が国体の精華を発揮せしめ給うた人である。

天武天皇第三子、清原氏祖也、性聡敏能文、元正帝朝叙一品、与新田部親王、奉詔輔翼太子、又奉勅撰書紀三十巻、聖武帝即位、益封五百戸、天平七年十一月薨、朝廷遣従三位鈴鹿王等、監護喪事、其儀準大臣、又遣中納言治比県守等、就第宣詔、贈太政大臣、廃帝即位、追尋曰崇道尽敬皇帝。  (前賢故実)

舎人親王を画いたものでは、東京府養正館壁画国史画に矢沢弦月の筆がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)