百丈禅師

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ひゃくじょうぜんじ


画題

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解説

東洋画題綜覧

百丈禅師、名は懐海、支那福州長楽の人、姓は王氏、西堂智蔵と馬祖道一禅師に従ひ、侍すること二十年、その系統を継いで大に振ふ、檀信に請ぜられて新呉界大雄山に入る、その居所巌巒峻を極むるを以て百丈と号した。

百丈依附江西与西堂智蔵南泉普願、同号入室時三丈士為角立焉、師侍馬祖行次見一野鴨過、祖曰是甚麼、師曰、野鴨子、祖曰、其処去地、師曰飛過去也、祖遂把師鼻扭負痛失声、祖曰、又道飛過去也、師於言下有省云々、師毎上堂有一老人、随衆聴法、一日衆退老人不去、師問汝是何人、老人曰、某非人也、於過去迦葉仏時曽住此山、因学人問大修行人還落因果也、無某対云、不落因果遂堕野狐身、令請和尚代一転語、貴脱野狐身、師曰、汝問老人曰大修行人還落因果也、無師曰、不因果老人於言下大悟作礼曰、某己脱野狐身住在山後敢乞依亡僧律送師令維那白槌告衆、食後師亡僧、大衆聚議一衆皆安涅槃堂又無病人何故如是、食後師領衆至山後巌下、以杖挑出一死野狐、乃依法火葬師至晩上堂、挙前因縁黄檗便問古人錯祇対一転語随五百生野狐身、転々不錯合作箇甚麼、師曰近前来向汝、道壁近前打師一掌、師拍手笑曰、将謂胡鬚赤、更有赤鬚胡。  (五灯会元)

百丈禅師を画けるもの、根津美術館蔵に伝顔輝筆あり、川崎男爵家旧蔵に雪舟筆、中黄檗左右馬祖百丈の三幅対がある。又馬祖と野鴨を見る図、屡々描るゝ処である。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)