涅槃

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ねはん


画題

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解説

画題辞典

涅槃は釈尊の入滅をいう、釈尊拘尸那城の婆羅林に於て総ての弟子を招きて涅槃経を説き、やがて僧併梨を枕に北に向ひて西面し、阿難が四つの問に答へて大禅定に入る、二月十五日なり、されば諸寺院共に毎年二月十五日には涅槃像を掲げて涅槃会を修するを以て涅槃画に名家の筆に成るもの多し、何れも画面の巨大なるを常とし、中央に横臥せる釈尊を画き、之れが周囲に菩薩、弟子、羅漢、龍神、八部衆、国王、大臣以下総ての人天はいうに及ばず、禽獣蟲魚悪獣毒蛇に至るまで悉く悲嘆働哭せる様を画きたるものなり、時代に依り画家に依り多少の相違はあれども大体の図様は一なり、現在我邦に残存せる最古の涅槃像図は大和達磨寺にして、之に次いで高野山金剛峯寺、京都禅林寺の蔵品あり、共に藤原時代つものにして知らるゝ名品なり、続いて鎌倉時代より江戸時代に至るまで名品甚だ多し、今是等の中より知られたるものを列挙すれば左の如し。

大和達磨寺所蔵一幅、

高野山金剛峯寺所蔵一幅、

京都禅林寺所蔵一幅、

奈良新藥師寺所蔵一幅、

鎌倉円覺寺所蔵一幅、

京都東幅寺所蔵兆殿司筆一幅、

尾張宝生院所蔵一幅、

尾張甚目寺所蔵一幅、

尾張妙興寺所蔵一幅、

尾張宝徳壽院所蔵一幅、

讃岐興国寺所蔵一幅、

備前遍明院所蔵一幅、

京都南禅寺所蔵一幅、

京都知恩寺所蔵一幅、

京都長福寺所蔵一幅、

山城正暦寺所蔵一幅、

大和宗祐寺所蔵一幅、

近江園城寺所蔵一幅、

近江石山寺殿司筆一幅、

近江常樂寺所蔵一幅、近江長命寺所蔵一幅、大阪長宝寺所蔵一幅、大阪神岑寺所蔵一幅、紀伊長保寺所蔵一幅、紀伊浄教寺所蔵一幅、伊勢成願寺所蔵一幅、播摩浄土寺所蔵一幅、

右何れも国宝なり。

就中東幅寺所蔵兆殿司筆の一幅は古来その画面の巨大なるを以て著はるゝもの、横三丈六尺縦三丈九尺あり、落款は応永十五年六月日明兆筆と明記あり、又国宝以外にも名画として知らるゝもの左の如きものあり。

京都大徳寺所蔵狩野松榮筆一幅、京都妙覺寺所蔵伝狩野元信筆一幅、京都本法寺所蔵長谷川等伯筆一幅、古書に三聖寺所蔵呉道子筆、高台寺所蔵顔輝筆とあるものは、今伝はらず。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

涅槃は湿槃那(ニルヴーナ)或は泥涅なる梵語で、寂滅、円寂、滅度、無為等と訳す、迷妄を破つて証得する真理の寂滅為楽で、凡夫生死の騒擾とは全く違うので、消極的に名を附してかくいふのである、小乗教は三界の煩悩を断じ灰身滅智した我空の理想、即ち羅漢の証悟を涅槃といひ、大乗教は不生不滅の真理、所謂、常、楽、我、浄の四徳を具へた絶対的理想を涅槃といふ、だが此の語はその意義を転じて聖者の死するを涅槃に入るなどと称することがある、涅槃の儀式とは釈尊入滅の時、頭を北にし面を西に向け、右脇に臥したまひし儀相をいひ、涅槃の雲とは涅槃そのものを雲に喩へたもの、釈尊涅槃に入り給うて再び見ることの出来ぬこと、月の雲に隠れたる如しといふ意、涅槃会は釈尊年二月十五日を以て入滅し給うたと伝ふるにより、後世此の日を以て追念の法会を営むをいふ、而して此の法会には必らず涅槃像とて、釈尊が双樹林下で、頭北、面西、右脇に臥し給ひ周囲に弟子を始め、天竜鬼畜の慟哭する状を描いたものを懸けるのを常とする。  (仏教辞林)

涅槃像は古来画かれたもの極めて多い、我が国に伝はる最古の涅槃像図は大和の国達磨寺のもので、之に次ぐは高野山金剛峰寺のものである、以下国宝の涅槃像を左に列挙する。

京都禅林寺蔵   一幅

奈良新薬師寺蔵  一幅

鎌倉円覚寺蔵   一幅

京都東福寺蔵   一幅

尾張宝生院蔵   一幅

尾張甚目寺蔵   一幅

尾張妙興寺蔵   一幅

尾張宝徳寿院蔵  一幅

讃岐興国寺蔵   一幅

備前遍明院蔵   一幅

京都南禅寺蔵   一幅

京都知恩院蔵   一幅

京都長福寺蔵   一幅

山城正暦寺蔵   一幅

大和宗祐寺蔵   一幅

近江園城寺蔵   一幅

近江石山寺蔵   一幅

近江常楽寺蔵   一幅

大阪長宝寺蔵   一幅

大阪神岑寺蔵   一幅

紀伊長保寺蔵   一幅

紀伊浄教寺蔵   一幅

伊勢成願寺蔵   一幅

播摩浄土寺蔵   一幅

右の中東福寺及び石山寺所蔵のものは何れも兆殿司の筆といふ。此の外、左の諸点がある。

狩野松栄筆   京都大徳寺蔵  一幅

狩野元信筆   京都妙覚寺蔵  一幅

長谷川等伯筆  京都本法寺蔵  一幅

青木木米筆   松本双軒庵旧蔵 一幅

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)