横笛

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よこぶえ


画題

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解説

画題辞典

一横笛は源氏物語の一章なり、柏木の衛門死して後、北の方落葉の宮は一條の宮にまします、是に夕桐の大将折折尋ぬることありしが、或る八月半、月おもしろき夜、大将の来れるに、母の御息所は和琴を、落葉の宮は琴を奏し、大将には、衛門の督今はの際に持ちたりし横笛與へて遊ばせといふに、大将は想夫恋の一曲を吹奏せり、扱此笛を大将に贈りしに、大将三條の御所に歸り、少時まどろまれしに、夢に柏木浮世にありし姿して、笛竹にふきよる風のことならばすゑのよなりき音につたへなんとありし故、夢に任かせて、御子の薫のかたへ與へられたり、さればかほるの大将を横笛の大将ともいふなり。二平家物語に横笛あり、建礼門院の雑仕なる齋藤瀧口時頼といふもの之を見て愛せしを、父親頼よしなきものを思ひ初めてと諫めければ、時頼夢幻の世に見にくきもの片時も見て何かせん、思はしきもの見んとすれば、父の命に背くに似たりと、厭世の念起し、十九といふに髻切りて僧となり、嵯峨の往生院に行ひすます、之を世に瀧口入道といふ、横笛聞きて我をこそ捨てめ、様さへかへけんことの怨めしさと、露路み分けて嵯峨に尋ね行き、往生院を叩きしに、瀧口入道さる人なしと断はりければ横笛怨らめしく思ひけれども力及ばず、涙おさへて歸りたり、その後瀧口は高野山に登り、横笛亦様かへて尼となり、奈良の法華寺に入る、この事明治に至り高山樗牛瀧口入道と題し小説に稿して世に知らる、寺崎廣業曾つて日本絵画協會展覧含に画きて出陳す。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

(一)平家物語に現はれた上臈、滝口入道に想はれたが滝口が浮世を棄てたので、横笛もそのあとを逐ひ奈良の法華寺に入つて尼となりやがて間もなく草葉の露と消える。

建礼門院の雑仕横笛と云女あり、滝口是を最愛す、父是を伝聞て『世に有ん者の婿子になして出仕などをも心安うさせんとすれば、世になき者を思初めて』と強に諌めければ滝口申けるは、『西王母と聞えし人も、昔は有て今は無し東方朔と云し者も名のみ聞て今は不見、老少不定の世中、石火の光に不異、縦〈たとへ〉人長命といへども、七十八十をば不過、其中に身の栄んなる事は僅に廿余年也、夢幻の世の中に、醜きものを片時も見て何かせん、思はしき者見んとすれば、父の命を背くに似たり、是善知識也、不如浮世を厭ひ実の道に入なん』とて、十九の年髻切て嵯峨の往生院に行ひすましてぞ居たりける。横笛是を伝聞て『我をこそ捨め、様をさへ替けん事の恨めしさよ、縦〈たと〉ひ世をば背くとも、などか角と知せざる、人こそ心強くとも尋て恨みん』と思つゝ、或暮方に都を出て、嵯峨の方へぞあこがれ行、比は衣更着十日余の事なれば、梅津の里の春風に、余所の匂もなつかしく、大井河の月影も、霞にこめて朧也、一方ならぬ哀さも誰故とこそ思ひけめ、往生院とは聞たれども、さだかに何れの坊共しらず、爰にやすらひ彼にたゝずみ、尋ぬるぞ無慙なる、住荒たる僧房に、念誦の声しけり、滝口入道が声と聞成て、『わらはこそ是迄参尋ねたれ、様の替りておはすらんも今一度見奉ばや』と具したりける女を以て言せければ、滝口入道胸打噪ぎ、障子の隙より覗いて見れば、誠に尋ねたる気色痛敷覚て如何なる道心者も心弱く可成、軈で人を出して『全く是にさる人なし門違でぞあらん』とて終に逢てぞかへしける、横笛情なう恨めしけれども、無力涙を押て帰けり、滝口入道同宿の僧に逢て申けるは、『是も世に静にて念仏の障碍は候はねども、飽で別し女に此住居を見えて候へば、譬ひ一度は心強共、又も慕ふ事あらば、心も動き候ふべし、暇申て』とて嵯峨をば出て高野へ上り、清浄心院にこそ居たりけれ、横笛も様を替たる由聞えしかば、滝口入道一首の歌を送けり。

そるまでは恨みしかとも梓弓真の道にいるぞ嬉しき

横笛返事

そるとても何か恨みん梓弓引とゞむべき心ならねば

横笛は其思の積にや奈良の法華寺に有けるが、幾程もなくて遂にはかなく成にけり。  (平家物語巻十)

日本絵画協会展覧会に、寺崎広業がこれを画いて出品した。      

(二)源氏五十四帖の一、光源氏五十歳の二月までの事を綴つた、柏木の衛門督世を去つて北の方落葉の宮は一条の宮に仮住居する、こゝに夕霧の大将が折々尋ねて来る、或る八月の夕、月のおもしろい宵、大将が尋ねて来たので、母の御息所は和琴を、落葉の宮は琴を取り出して想夫憐を、大将は柏木が遺愛の笛で、盤渉調の半を吹く、やがて夜も更けて、寝ると、大将は柏木のありし姿を夢に見たりする。巻の名の一節を引く。

かゝる蓬生にうづもるゝも哀に見給ふると御さきにきほはん声なん、よそながらもいぶかしく侍ると聞え給へば、似つかはしからぬ随身にこそ侍るべけれとて見給ふに、これもげに世と共に身にそへてもてあそびつゝ自らも更にこれが音のかぎりはえ吹きとほさず、思はん人にいかで伝へてしがなと折々聞えごち給ひしを思ひ出で給ふに今少しあはれおほくそひて試に吹きならす、盤渉調のなからばかり吹きさして昔を忍ぶひとりごとは、さても罪ゆるされ侍りけり、これは、まばゆくなんとて出で給ふに

露しげきむぐらの宿にいにしへの秋にかはらぬ虫のこゑかな

と、きこえいだし給へり、

横笛のしらべはことにかはらぬを空しくなりぬねこそつきせぬ

いでがてにやすらひ給ふにも夜もいたく更けにけり。      

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)