松虫

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まつむし


画題

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解説

東洋画題綜覧

(一)漢名金琵琶、蟋蟀科の昆虫で、普通淡褐色、腹部は黄色を呈し、雄の前肢前縁は雌よりも幅広く内方に折れて腹部を覆ひ、前肢が相摩して声を発する、チンチロリンと聞える、古は此の虫を鈴虫と称へ、リンリンと声を発する方を松虫と称へたやうである。

(二)謡曲の番名、『古今集』の序の『松虫の音に友を偲ぶ』といふ句から取つて作つたもの、津の国阿部野の酒を売る店に日毎若い男が連立つて来て酒宴をする、不思議に思つて聞くと男は昔、阿部野を二人の男が通りかゝり松虫の声が聞えるので一人はそれを慕ひ行つて帰らぬ、そこで友が案じて尋ねて行くと草むらの中に仆れて空しくなつて居た、そのことがいつか世に洩れて松虫の音に友を忍ぶといはれるやうになつたと語り、自分はその亡霊であるといつて帰る、商人は野に出て終夜回向すると幽霊は喜び、舞ひをしながら消えて行く、シテ亡者、ツレ同亡者、ワキ市人、処は津の国、元清の作である。一節を引く

「むかし此の阿部野の松原を、ある人二人連て通りしに、折節松虫の声おもしろく聞えしかば、一人の友人、彼虫の音を慕ひ行きしに、今一人の友人、やゝ久しく待てども帰らざりし程に心もとなく思ひ尋ね行き見れば彼者草露に臥して空しくなる、死なば一所とこそ思ひしに、こはそも何と云ひたる事ぞとて、泣き悲しめどかひぞなき、「其まま土中に埋木の人知れぬとこそ思ひしに朽ちもせで松虫の、音に友を忍ぶ名の世にもれけるぞ悲しき、今も其、友を忍びて松虫の、音に誘はれて市人の、身を替へてなき跡の、亡霊ここに来りたり、恥づかしや是までなり、立ちすがりたる市人の、人かげに隠れて、阿部野の方に帰りけり

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)