弱法師

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よろぼうし


画題

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解説

画題辞典

弱法師は謡曲の一なり、河内国高安の里に俊徳丸といふものあり、父を左衛門尉通俊といふが、父に捨てられて盲日となり、所々彷行して、二月時正の日、梅の落花を袖に受けつゝ摂津の天王寺にいたり、心當てなる方に向ひて日想観を拝し、今昔の感に耽りし折に、兼ねて此寺に一七日の施行引きて失せし我子の二世の安楽祈りし父通俊に邂逅し、共に故郷に歸るといふを一編の趣向とせるなり、第二回の院展に下村観山の六曲屏風一双に画けるもの世の好評あり。タゴオール翁来朝の折模写して印度に持歸る。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

『弱法師』一番に限る面、盲目の青年にして聊か憔忰しかつ哲悟の閃を含む、黒頭を被り杖をついて出る。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)


謡曲の一、河内の国高安の里に左衛門尉通俊といふものあり、人の讒言によつて俊徳丸といふ児を捨てたが、捨てられた俊徳丸は盲目となり所々をさまよひ歩き、弱法師と呼ばれてゐた、会々二月時正の日、袖にかゝる梅の花びらに物思ひつゝ摂津の天王寺に到り、心あてなる日想観を拝してゐる中、二世安楽の為め一七日施行を引いて我が子を探す父通俊にめぐりあひ、共に高安の里に帰るといふ筋で、戯曲に作られたものが『摂州合邦辻』である、謡曲『弱法師』の一節を引く

「頃は二月時正の日、誠に時も長閑なる、日を得て普き貴賎の場に、施行をなして勧めけり、「実に有り難き御利益、法界無辺の御慈悲ぞと、踵をついで群集する、「や、これに出でたる乞丐人は如何さま例の弱法師よな、「又我等に名をつけて皆弱法師と仰せ有るぞや、実にも此身は盲目の、足弱車の片輪ながら、よろめきありけば弱法師と、名付け給ふは理なり、「実に云ひ捨つる言の葉までも、心ありげに聞ゆるぞや、先々〈まづ/\〉施行を受け給へ、「あら有り難や候ふ、や、花の香の聞こえ候ふ、いかさま此花散りがたになり候ふ、「あら是なる籬の梅の花が、弱法師が袖に散りかゝるぞとよ、うたてやな難波津の春ならば、唯この花とこそ仰せ有るベきに今は春べも半ぞかし、梅花を折つて頭にさしはさまざれども、二月の雪は衣に落つ、あらおもしろの花の匂ひやな、実に此花を袖に受くれば、花もさながら施行ぞとよ、「中々の事、草木国土悉皆御法も施行なれば、「皆成仏の大慈悲に「泄れじと施行に連なりて、「手を合せ「袖をひろげて花をさへ、受くる施行のいろ/\に、匂ひ来にけり梅衣の、春なれや、何日の事か法ならぬ遊び戯れ舞ひ謡ふ、誓ひの網には泄るまじき、難波の海ぞ頼もしき、実にや盲亀の我等まで、見る心地する梅が枝の花の春の長閑さは、何はの法によも泄れじ。

此の『弱法師』を描いたものに左の作がある。

下村観山筆  第二回日本美術院出品

中村大三郎筆 昭和十三年塾展出品      

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)