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ぎょう


画題

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解説

画題辞典

支那太古五帝の一にして都を平陽に定めて天下を定む、其の仁天の如く其の知神の如しといわる。治に在る五十年微服して康衢に出て政治の如何を察す、童謡あり不識不知帝の則に順ふと、老人あり哺を含み鼓腹撃攘して歌うて曰く、日出でて作リ日入りて息ふ、井を鑿て飲み田を耕して食ふ、帝の力何ぞ我にあらんやと。舜を畎畝の中より挙げ万機を委ね、後位を之に譲る、後世聖人と崇む。江戸時代儒教全盛の世、狩野派の画家等舜と合せて好んで之を画材となす。

池田侯爵家所蔵に狩野探幽筆尭舜の屏風あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那五帝の一、名は放勛、帝嚳の子、帝摯に嗣いで位に即き、山西の平陽に都す、始め陶(山東曹州府定陶県)唐(直隷保定府唐県)に封ぜられた故を以て陶唐氏と号し、後人略して唐尭と呼んだ、義和二氏に命じて暦象を定め、黄河の洪水を治むるに力を尽し、五教、五刑を布き、を挙げて其二女を娶し政を摂らしめた、国よく治まり百姓鼓腹撃壌の楽をなしたといふ、在位九十八年にして歿した。

帝尭陶唐氏名放勛、帝嚳子也、其仁如天、其知如神、都平陽、治天下五十年、不知天下治歟、不治歟、億兆願戴己歟、不願戴己歟、問左右不知、問外朝不知、問在野不知、乃微服遊於康衢、聞童謡、曰、「立我烝民莫匪爾極、不識不知順帝之則」有老人含哺鼓腹撃壌而歌曰、「日出而作、日入而息、鑿井而飲耕田而食、帝力何有於我哉」、尭立七十年、有九年之水使鯀治之、九載弗績、尭老倦于勤、四嶽挙舜摂行天下事、尭子丹朱不肖、乃薦舜於天、尭崩舜即位。  (十八史略)

五帝の一として画かるゝもの多い。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)