修禅寺物語

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しゅぜんじものがたり


総合


歌舞伎

岡本綺堂作。明治四四年(1911)二世市川左団次(夜叉王)市川松蔦(桂)らにより初演。 伊豆修善寺の面造り夜叉王は将軍頼家の命でその顔を写した面を打つが、不思議にいつも死相があらわれるので、芸術的良心からどうしても差出すことが出来ないでいる。が、自身催促に来た頼家の限には見事な作と写りこれを持帰るとともに姉娘・の社をも側女として召抱えて帰館する。まもなく北条方の討手に襲われて頼家は死し、桂も身替りに立とうとして重傷を負って家にたどりつく。夜叉王はその面が早くも将軍の運命を暗示したものだと、自身の技芸の高さに満足する。 作者がかつて修善寺で見た頼家の面のその淋しげな表情に魅せられて書いたもので、好評を博して出世作となり、左団次も自己の演技に新らしい分野を見出し、以後両者のコンピによる新歌舞伎作品がぞくぞく上演されることになった。