庭の桜
にわのさくら
画題
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解説
東洋画題綜覧
久寿元年二月十五日、鳥羽法皇、美福門院御同車で、鳥羽の東殿から勝光門院へ行幸あつて庭の桜を御覧あらせられた、先づ阿弥陀講を修せられ、それから法皇は少納言入道信西を御使として、御歌を内大臣や新大納言に賜はつた、懐紙に認め桜の枝に附けられた御趣向である、内府への御製は
心あらばにほひをそへよさくら花のちの春をばいつか見るべき
大納言に賜つた御製には
こころありてさくてふ宿の花なれば末はるばると君のみぞ見む
とあつた、そこで大納言は
君が代の末はるばるにさくら花にほはむこともかぎりあらじな
と詠じて上つた、このことを太政大臣藤原実行が聞き、
さくらばなちづかの数をかぞふれば数のしられぬのちの春かな
かぎりありて常ならぬ世の花のみは千歳の後やにしきなるべき
と詠じ法皇に上つた。 (古今著聞集)
大和絵の好画題である。
(『東洋画題綜覧』金井紫雲)