那智の滝
なちのたき
画題
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解説
東洋画題綜覧
紀州東牟婁郡那智山にある、所謂熊野三所権現の霊瀑で、全山四十八滝ある中、その第一が此の瀑布で、幅三間、直下八十四丈、海上より望見し得る名瀑、文覚荒行の俗説でも有名である。
余年久しく那智山の滝を見まはしく心がけ居たりしが、漸近き頃彼の地に遊びて心よく一見せり、誠に天下無双目を驚す滝なり、其滝のあたり山のたたずまひより、堂宇の設、樹木の生ひやうまで他山には勝れて神仙の境界といふべし、此滝の事は幼き時より聞居て、かうやうにも有るべしと思ひしには似もよらず、格別に異り、初に思居りしは、ふところのやうに山の抱へたる所に巌石峨々と聳え、其中に大河を切落したるやうに水逆まき落ちて水煙一二町にも飛びちり、雨の降るごとく一山鳴響き、其音遠く三十町五十町の所までも聞ゆべし、其滝の全体の趣を譬へ云はゞ力士の荒れたるごとく怖しくて、目留めて久敷くは見る事もなるまじ、余がごとき虚弱のものは神気も遠々敷くなるべしと思ひ居しに、左はなくて、滝の全体の趣きをたとへいはゞ、美人の羅衣を著て立ちたるごときものなり、滝の落つる所は、一枚の岩にて壁を作りたるごとき所なり、其石壁の横の広さ五町も十町もあり、但し遠方よりは此石壁樹木の梢に出でて全く見ゆれども、近く寄りて滝みるあたりにては、両方に程よく大木の杉多く有りて石壁の横広くは見えず、空はまことに天より落つる心地すれども、水幅は殊の外に狭く大抵一間ばかりにみゆれども広く高き所なれば、二三間もあるべし、高さは直下五六十間と見ゆ、上の方暫しは水筋通りてみゆれども、それより下にては石面に水砕け、色白く霧のごとくに散りて其見事いひつくすべからず、下には大石多く有りて滝壷といふべき淵はなし、其音も格別甚しからず、滝近くよりても神気遠々敷くなるやうにはならず、文覚上人の荒行も虚言にはあらじと見ゆ。 (橘南谿西遊記続篇)
那智の滝を画いた作二三を挙ぐ。
伝巨勢金岡筆 根津美術館蔵
野呂介石筆 『那智懸泉』 松本双軒庵旧蔵
山口蓬春筆 『三熊野の那智の御山』 第七回帝展出品
(『東洋画題綜覧』金井紫雲)
その項「那智の滝」を見よ。
(『東洋画題綜覧』金井紫雲)