廬山

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ろさん


画題

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解説

画題辞典

慮山は支那江西省鄱陽湖の西畔にあり、一名醫山といふ、殷周の際、匡祐此に庵を結び、漢の高祖の時廬祐此山に入りしより山名起ると伝ふ、東晋の時達磨多羅此に住し、孝武帝の時、慧遠此に自蓮社を結ぶ、斯くて益々世にその名を知られたり。蘇東波が詩に日く、慮山烟雨浙江潮、未到千般恨不消、到得還来無別事、廬山烟雨浙江潮廬山を図せるもの左の諸點あり。宋玉■筆廬山図(松平伯爵所蔵) 明張瑞図筆廬山図(池田侯爵旧蔵)

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那江西省南康斎府にある山、東晋時代から仏教に関係最も深く、今も西林寺東林寺等数十の仏寺があり、又奇巌霊峰に富み景勝地として名高く詩文画図等に現はれたもの亦極めて多い、廬山の名は漢高祖の時廬祐が此山に入つた事から起るといひ、又東晋の太元九年慧遠が苻堅の配を避けて此の山に入り十五年その学徒百二十人と共に白蓮社を結んで念仏を修したのも有名である。

廬山を画いた作古来少くない、主な作を掲ぐ

宋玉澗筆   『廬山図』  松平伯爵家蔵

明張瑞図筆         池田侯爵家蔵

石涛筆    (重美)   住友寛一氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)