萩城
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萩城は、関ヶ原の戦いで敗れ、完成して間もない広島城から萩へと追いやられた毛利輝元が、1604年(慶長9)日本海に面した標高143mの指月山とその麓に築城を開始し1608年(慶長13)に完成させたと伝わる。内堀で囲まれた山麓部には本丸御殿、天守が建ち、指月山山頂部にも「山城御城」と呼ばれる山城を築いた。豊臣政権下の大大名から一外様大名へと降格したため広島城天守と同様の五重五階の天守も規模が縮小されたが、一階部分が天守台から外側に張り出し床下を石落としにしたり、外壁に白漆喰総塗籠を採用し、かつ窓の戸の表面に鋼板を張るなど防火対策も施し、さらに左右対称天守とし強度を上げたり等、当時最先端の技術で造られたといわれる。
