高知城
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高知城は鏡川、江の口川を外堀とした約44mの大高坂山に関ヶ原の戦い後、掛川から入封した土佐藩初代藩主の山内一豊が築いた城で、この地には、もともと南北朝時代に大高坂松王丸によって築かれた大高山城という居城があったという。慶長8年(1603)に本丸・二の丸の石垣と本丸主要部が完成し一豊が入城し、慶長16年(1611)三の丸の完成をみてほぼ全城郭が整ったが、築城から126年後の享保12年(1727)城下町から出た大火で城郭のほとんどが消失してしまう。幕府の許可を得て再建に着手し、宝暦3年(1753)までに創建当時の古い様式の姿に戻すことに成功し、四重六階の望楼型天守・本丸御殿(懐徳館)はじめ本丸建物群がそのまま現存する、日本で唯一の城郭遺構となっている。