本作品は、鎌倉時代に成立した、作り物語である。作者は未詳。成立時期は、『風葉和歌集』(文永八(一二七一)年成立)に作中歌が二首採られていることから、それ以前と考えられている。
題名の「こけ衣(諸本によっては、「苔の衣」とも)」については、『夜の寝覚』冒頭文を模したとされる、本作品冒頭文に「苔の衣の御仲らひばかり…」とあること、また、巻三で、中納言(右大将)が出家の際に詠んだ「色々に染めし袂を今はとて苔の衣にたちぞかへつる」という歌や、同じ巻で、横川の僧と中納言(右大将)との会話に「苔の衣」の語句が頻出することから、それが物語名になったと考えられる。
四〇数年間、およそ八〇人の人物を要して描く本作品は、三代にわたる人々の運命と恋を語る。権大納言と西院の上との結婚、上の早逝、西院の姫君と中納言(右大将)の結婚、姫君の死による中納言(右大将)の出家、その姫君に対する兵部卿宮の道ならぬ恋と死が本作品の主軸を成しているとされる。平安時代の物語に見られるような恋愛の喜びや悲しみがほとんど語られず、幼い子を残して早逝する西院の上、その子西院の姫君の悲劇的な死、物語の女主人公たちのこのような悲惨な運命が繰り返し語られるのも、成立当時の時代風潮の反映ともいえよう。このように、全編を通して、愛別離苦・人生無常で一貫しているところも、本物語の特色である。
構想は、『源氏物語』『狭衣物語』『住吉物語』『夜の寝覚』等の影響下にあるとされ、中世王朝物語の実態を窺い知る上に注目すべき作品である。だが、先行研究は少なく、検討が十分とは言えないのが現実であろう。
「こけ衣」の写本は多く、二十数本に及び、その殆どが江戸期の書写である。基本は四巻四冊本で、字句に異同はあるものの、内容はほとんど変わらない。その中で主に、大きく以下のように分けられる。
改作本もあるが、部分的な表現の変化にとどまる。
本書は欠本であり、巻三、四のみを収める一冊本である。巻一、二の所蔵は不明。本文は、前田家本系とも穂久邇文庫本系とも定めがたく、両者の混合本文を持つと思われる。表紙(縦27.5㎝×20.5㎝)は雲紙、外題は、表紙左に「古計衣」。書写者・書写年代未詳。全一一三丁、本文一二行、墨による書入れあり。
参考文献:豊島秀範「苔の衣物語」(三谷榮一編『体系物語文学史 第四巻』1989年1月 有精堂出版株式会社)