鶴の御成
つるのおなり
画題
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解説
東洋画題綜覧
徳川時代に行はれた将軍の鶴専門の鷹狩のこと、八代将軍吉宗最もこれを好み屡々催したといふ、実は鷹狩にことよせて民情観察の意味もあつた、猟場に定められたのは千駄木、雑司ケ谷、沼辺、世田谷、中野、戸田、平柳、葛飾あたり、予め鶴の所在を確めてから、将軍は鷹匠その他を従へて出向く、鶴が舞ひ立つと鷹は将軍の手を離れて疾風の如く鶴に迫り咽喉を攫む、そして躯を脚の間に挟んで捕へる、勢子は御上意御上意と呼んで鷹を励ます、捕へた鶴は朝廷に献る例となつてゐたといふ、鶴といつても多く鍋鶴で、丹頂は霊鳥として捕へないことになつてゐた。
鷹の鶴を捕へる処は、古来狩野派の人々など好んで画いた、近くは前田青邨にその作がある。
(『東洋画題綜覧』金井紫雲)