孟母三遷
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もうぼさんせん
画題
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解説
画題辞典
孟母は支那の大賢人と呼ばれたる孟軻即ち孟子の母なり、教養の為に三たび居を遷したること、孟母三遷の教として名高し、即ち其舎初め墓に近し、軻少にして嬉戯するに葬事を以てす、孟母曰く是れ子わ居く所にあらずと、去つて市に舎す、即ち遊ぶに賈衒の事を以てず、孟母曰く是れ子を居く所にあらすと、夏に學合の傍に舎す、嬉戯するに俎豆を設け揖☆☆退ず、是れ子を居く所なりと即ち之に居る。
(『画題辞典』斎藤隆三)
東洋画題綜覧
孟子の母が、孟子を教育する為めに三度びその住居を遷したといふ有名な逸話。
孟軻の母、其舎墓に近し、孟子の少きや嬉戯するに墓間の事を為し踊躍築埋す、孟母の曰く、此れ以て子を居く所に非ずと、乃ち去て市に舎す、其の嬉戯するに賈衒を為す、孟母の曰く、此れ以て子を居く所に非ずと、乃ち徙りて学宮の傍に舎す、其の嬉戯するに乃☆(文+且)豆を設け、揖譲進退す、孟母の曰く、此れ真に以て子を居く可しと、遂に之に居れりと。 (列女伝)
又趙岐の孟子題詞に
孟子生有淑質、幼被慈母三遷之教。
と、教訓画として古来よく描かる。
(『東洋画題綜覧』金井紫雲)