富士山
総合
日本の美の象徴といわれ、また霊山として民族の尊崇をあつめ、孝霊天皇五年、一夜にして琵琶湖とともに成ったという神秘の山、世に二つとない名山であるために不二の字が当てられた山。この世界の名山を絵画に描くことが古来から多いことは誰も知っている。
画題
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解説
画題辞典
富士山又不二或は不盡と記し、芙蓉峯又富嶽の別名あり、日本第一の名山にして又新領土を加へざる以前に於て、日本第一の高山と推されし所なり、其の山形の美なるに古く日本国の表徴と喜ばれし所にして、歌に詩に吟詠さるゝ所多く、又古今我が画家にして之を画材とせざるものなし、冬の富士、夏の富士、春の富士、秋の富士、朝の富士、タの富士、雨の富士、晴の富士あり、或は龍を添へて富士越の龍と稱するものあり、景色を配するものに三保清見を兩脇にして三幅對とするものあり、花鳥を配するものには松竹或は鶴等を以てして三幅對となす、人物を添へたるものに富士見西行、富士見業平等あり、東都にては富士筑波を以て二幅對とすることも行はる、古往今來之を描けるもの挙げて数ふべからず、雪舟入唐の日、求に應じて富士清見三保を豊きたりといふ伝説ありり、今伝ふるもの 得么禪師賛富嶽図(岡崎正也氏所蔵)
雪舟筆富士図(細川侯爵所蔵)
相阿彌筆富士(大阪藤田男爵所蔵)
同筆四季富士(成瀬子爵所蔵)
狩野探幽筆富士八景(秋元子爵所蔵)
狩野探幽筆富士三清保見三幅對(池田候爵所蔵)
池大雅富士図(大辻氏所蔵)
狩野常信筆富士三保清見三幅對(同)
園山應挙筆富士図(近衛公爵旧蔵)
谷文晁筆左右三保三幅對(近衛侯爵旧蔵)
渡邊崋山筆冬富士(高田慎平氏所蔵)(大正震災亡失)
又前に狩野探幽に富士百景あり、近く葛飾北齋に富岳三十六景あり、現代にて橋本雅邦、川端玉章、竹内栖鳳、下村観山、寺崎廣業、横山大観、川合玉堂等、何れもそれ/"\に特徴ある富士図を画けるが、就中大観最も好んで之を画き各種各様の富嶽図甚だ多し、十趣を描出せるものに「霊峯十趣」あり。
(『画題辞典』斎藤隆三)
東洋画題綜覧
我が国第一の名山、駿河甲斐の二国に跨り高さ一万二千四百六十尺、秀麗なる円錐形をなし四望其観を等うし、絶頂は旧噴火目を囲んで最高峰剣峰を始め、白山嶽、久須志嶽、大日ケ嶽、伊豆嶽、成就嶽、浅間嶽、三島嶽の八峰がそゝり立つので、芙蓉峰の名があり、又、不尽山、不二山にも作る、登路は四あり、西よりするを表口といひ大宮より登る、東よりするを御殿場口といひ、北よりするを吉田口といふ、此の間に須走口がある、南は愛鷹山を擁して駿河湾に臨み、絶頂には常に雪があり、山麓は広大なる裾野大平原を現出し、附近に五湖があり、皆不二の霊姿を水面に映して風景絶佳である。頂上に浅間神社を祀る。
富士は斯く我が高潔なる大和民族の国民性を象徴する霊山として古来国民尊崇の的となり、或は文章に或は詩歌に、或は絵画に彫刻に、之を扱うたもの実に枚挙に遑もない、その中で、最も有名なのが『万葉集』に収められてゐる山部赤人の『不尽山を望める歌』である。曰く
天地の、分れし時ゆ、神さびて、高く貴き、駿河なる布士の高嶺を、天の原、ふりさけ見れば、渡る日の、影も隠ろひ、照る月の、光も見えず、白雲も、いゆきはばかり、時じくぞ雪は降りける、語り継ぎ、言ひ継ぎ行かむ、不尽の高嶺は。
反歌
田子の浦ゆうち出てて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は零りける
『本朝文粋』にも有名な都良香の『富士山記』があり、漢詩にあつては
仙客来遊雲外嶺、神竜棲老洞中淵、雪如紈素煙如柄、白扇倒懸東海天。 石川丈山
層雲成麓雪成峰、秀色高標誰為客、驟雨須臾没群嶺、依然天半玉芙蓉。 菅茶山
が聞えてゐる、絵画に現はれたものは枚挙に遑もないが、横浜原家蔵の『伊勢物語』絵巻の富士など最も古いものであらうし、『一遍上人絵伝』中の富士も有名である。
雪舟筆 『富士山図』 細川侯爵家蔵
池大雅筆 『富士山図』 大辻氏蔵
谷文晁筆 『富嶽図』 帝室御物
相阿弥筆 『富士山』 藤田男爵家旧蔵
狩野探幽筆 『富士八景図』 秋元子爵旧蔵
円山応挙筆 『富士山図』 近衛公爵家旧蔵
横山大観筆 『霊峰』 帝室御物
川合玉堂筆 『富士山』 満洲国帝室御物
葛飾北斎筆 『富士三十六景』
富岡鉄斎筆 『不二山全景図』 坂本光浄氏蔵
(『東洋画題綜覧』金井紫雲)