藤原高房

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ふじわらの たかふさ


画題

画像(Open)


解説

前賢故実

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参議の藤嗣の子。身長が六尺あり、超人的な体力を持ち、何一つはばかることがない性格だった。天長中、美濃介を務めていたとき、武威と恩沢の力を併行して使ったので、盗賊らが高房の管轄下に侵入しなくなった。また、ある郡に人工の水路があり、堤防が壊れて水を貯められなくなった。言伝えによると、貯水池に神がありその神を犯した者は死ぬという。高房は「民に利益をもたらすことであれば、死んでも悔しくない。」と言い、原住民を遣わして堤防を修復させ、灌漑を大きく改善した。さらに、席田郡によく民に害を加える妖巫がいて、官吏たちが妖巫を恐れてそこへ近づけなかった。高房は一人で乗込んで妖巫を捕まえて殺したので、国の安寧を取戻した。後に、高房は備後守、肥後守、越前守を歴任、すべての国で良い治績を残した。仁寿二年卒、享年五十八歳。

(『前賢故実』)