源頼光
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総合
天暦二年(946)~治安元年(1021年)
父は源満仲。清和源氏の直系。摂津国川辺郡多田を所有。 藤原道長の権力絶頂期の頃の人物で、道長などの藤原氏に仕えた。

残されている資料の限りでは、貴族的な生活を送っていたとされるが、説話の中では武勇的人物として扱われることが多い。
室町時代になって成立した『御伽草子』などで丹波国大江山での酒呑童子討伐や土蜘蛛退治の説話が特に有名である。 その他、「今昔物語集」「宇治拾遺物語」「古今著聞集」などにも登場。 「平家物語」では精兵として坂上田村麻呂、平維盛、源義家、藤原保昌とともに名が挙げられている。
「ライコウ」と音読で呼ばれるのは魔物をはらう雷公(雷のこと)に通ずるからとされる。
「酒呑童子」の中では、彼の有力な郎等として「定光・末武・公時・綱・保昌」が挙げられている。保昌は藤原保昌のことで、彼は家来というよりも頼光とは並列的関係のにあったと思われる。
頼光が従えた四天王は、渡辺綱、平貞道、平季武、坂田公時とされる。
画題
画像(Open)
解説
平安中期の武士、歌人。藤原家と結び勢力を伸ばした。
前賢故実
(『前賢故実』)