伊尹

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いいん


画題

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解説

東洋画題綜覧

支那商時代の名相、名は摯、力牧の後である、伊水に居り、有莘の野に耕してゐた、殷の湯甌王、これを聘迎へること三度に及んだので、尹乃ち湯に就いた、湯王の桀を討つや伊尹専らこれを佐け、遂に夏を滅ぼし商の基を建てた、湯これを重んじ委ぬるに阿衡の任を以てした、湯王崩じ太丁の子太甲立つ、暴虐甚しかつたので、伊尹はこれを桐宮に放ち、自ら政を摂す三年にして太甲過を悔い自から責む、尹乃ち迎へて政を還しよくこれを導いた、帝沃丁のとき百余歳を以て卒す、帝、厚礼して毫に葬り祀るに太牢を以てした。  (日本百科大辞典)

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)