黄山谷

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こうさんこく


画題

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解説

画題辞典

黄山谷は支那宋朝の詩人なり、名は庭堅、字は魯直、山谷と号す。分寧の人、進士より大和県に知事となり、累遷して大平州に知し、罷めて玉隆観を司り、永州に徒り未だ命を聞かずして卒す、年六十一。其詩一代に誦せられ蘇東坂と並称せらる。詩の傍ら又書も善くし、一家を成す。

緒方光琳筆黄山谷(下条正雄氏所蔵)、岸駒筆東坂山谷対幅(秋元子爵旧蔵)、狩野安信筆黄山谷図(大倉集古館所蔵)

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那北宋の詩人、字は魯直、山谷はその号、洪州分宜の人、幼にして明敏、孝を以て聞え、世に二十四孝の一人とされてゐる、治平中進士に挙げられ北京に教授す、国子監蘇軾其の詩文を見て薦めて曰く瑰奇の文は当世に絶妙に、孝友の行は古人に追配すと、由て著作左郎に遷り神宗実録を修し、尋で起居舎人に擢でらる、紹聖の初、鄂州の知事となつたが、章☆(王偏+享)蔡京等に悪まれ涪州に貶せられた、因て涪翁と号した、建中靖国の初召還されて太平州の知事となつたが尋でまた除名にあひ宜州に編管さる、後、開元寺に寓した、寺に摩囲泉があつたので摩囲老人とも号した、崇寧四年死す。年六十一。

黄山谷を画いたもの多い主な作を挙ぐ

尾形光琳筆        下条正雄氏旧蔵

岸岸駒筆         秋元子爵家旧蔵

狩野安信筆        大倉集古館所蔵

宗淵筆          中山松陽庵氏旧蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)