難波土産

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元文(1738)年刊『浄瑠璃評注 難波土産』

  • 近松と親交の深かった儒者穂積以貫が近松の芸論について述べている。以貫の子は浄瑠璃作者近松半二

序文翻刻

往年某近松が許にとむらひける比近松云けるは 惣して浄るりは人形にかゝを第一とすれば外の草紙と違ひて文句みな働を肝要する活物なり 殊に歌舞伎の生身の人の芸と芝居の軒をならべてますわざなるに 正根なる木偶にさま/”\の情をもたせて見物の威をとらんとする事なれば 大形にては妙作といふに至りがたし

兎角その所作が実事<じつじ>に似るを上手とす 立役<たちやく>の家老職は本<ほん>の家老に似せ 大名は大名に似るをもって第一とす 昔のやうなる子供だましのあじゃらけたる事は取らず 近松 答云<こたえていはく> この論 尤<もっとも>のやうなれ共 芸といふ物の真実のいきかたをしらぬ説也。芸というものは実<じつ>と虚<うそ>との皮膜<ひにく>の間にあるもの也 成程今の世 実事<じつじ>によくうつすをこのむ故 家老は真<まこと>の家老の身ぶり口上をうつすとはいへ共 さらばとて真の大名の家老などが立役<たちやく>のごとく顔に紅脂白粉<べにおしろい>をぬる事ありや 又真<まこと>の家老は顔をかざらぬとて立役がむしゃむしゃと髭<ひげ>は生<はえ>なりあたまは剥<はげ>なりに舞台へ出て芸をせば慰<なぐさみ>になるべきや 皮膜<ひにく>の間といふが此也<ここなり> 虚<うそ>にして虚<うそ>にあらず実<じつ>にして実<じつ>にあらず この間<あいだ>に慰<なぐさみ>が有たもの也

 是に付て去ル御所方の女中 一人の恋男ありてたがひに情をあつくかよはしけるが 女中は金殿の奥ふかく居給ひて男は奥へ参る事もかなはねば ただ朝廷なんどにて御簾のひまより見給ふもたまさかなれば 余りにあこがれたまひて 其男のかたちを木像にきざませ面体なんども常の人形にかはりて其男に毫ほどもちがはさず 色艶さいしきはいふに及ばず 毛のあな迄もうつさせ耳鼻の穴も口の内歯の数まで寸分もたがへず作り立させたり 誠に其男を傍に置て是を作りたる故 その男と此人形とは魂のあるとなきとの違のみ成しが かの女中是を近付て見給へば さりとは生見を直にうつしては興のさめてあつぎたなくこはげの立もの也 さしもの女中の恋もさめて傍に置給ふもうるさく やがて捨うせたりとかや

 是を思へば生身の通りをすぐにうつさば たとひ楊貴妃なり共あいそのつきる所あるべし それ故に絵そらごととて 其像をゑがくにも 又木にきざむにも 正真の形を似する内に又大まかなる所あるが 結句<けっく>人の愛する種とはなる也 趣向<しゅこう>も此ごとく本<ほん>の事に似る内に又大まかなる所あるが結句<けっく>芸になりて人の心のなぐさみとなる 文句のせりふなども此<この>こころ入レにて見るべき事おほし