防人

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さきもり


画題

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解説

東洋画題綜覧

防人を『ささもり』と訓む、崎守の義、海の崎を守る人の意、島守とも記した、移して壱岐対馬等を守るによるためか。古へ、諸国の軍団の中から取つて筑紫の諸地や壱岐対馬等の守備にあたらしめた、東国の兵が多く勇壮なので聞えてゐる。

大化二年五月詔して、畿内国司郡司関塞斥候防人、駅馬、伝馬を置く。  (孝徳紀)

三年是歳、対馬島、壱岐島、筑紫国等に防人と烽〈すずみ〉を置く。  (天智紀)

さきもりに立ちし朝明の金門出に手放れ惜しみ泣きし児等はも  (万葉集十四)

沖津島鴨といふ船の帰り来ば也良の崎守早く告げこそ      (同十六)

大王の任のまにまに島守に我が立ち来れば云々         (同廿)(大言海)

辺海防備に当る防人の姿は、万葉集あたりの歌から詩趣極めて深く、近頃になつて一部の人々によつて盛に画かれる。

伊東紅雲筆          第八回帝展出品

増田正宗筆  『防人の歌』  昭和十一年文展出品

江崎孝坪筆  『雲と防人』  昭和十五年大毎展出品

織田観潮筆          昭和十四年文展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)


さきもり「防人」の項を見よ。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)