関屋

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せきや


画題

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解説

画題辞典

源氏物語の一巻なり、光源氏の君、石山寺参詣とて京を出で関山にかゝリしに、此処に空蝉と聞えし人の男伊勢の介というが、是まで常陸の国司にて有りしを交替して都に上る途なりというに会ひ玉ふ、空蝉はかねて源氏が思をかけたりし女なり、されば今感慨の無量なるものありしや空蝉が弟にして傍近く召遣いし小君を召して、「わくらわに行逢ふ道をたのみしも尚ほ甲斐なしや塩ならぬ海行とへとせきとめかたき泪をや絶えぬ清水と人は見るらん」と遊にされしとなり、源氏は石山へ、伊勢之助空蝉は京へと分れぬ、

俵屋宗達画く所関屋の図の屏風(別府金七氏旧蔵、原富太郎所蔵)各一点あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

源氏物語』中の一帖、光源氏の君二十九歳の秋、ふと石山詣でを思ひ立ち、思ひもかけず空蝉に出あふ、その関といふのは逢坂のことで、源氏の行列の車のこと/゙\しき様などよく描かれてゐる。一節を引く、

この殿石山に御願はたしに詣で給ひけり、京よりかの紀の守などいひし子ども、迎に来たる人々、この殿かくまうで給ふべしと告げければ、道の程さわがしかりなんものぞとて、まだ暁より急ぎけるを、女車多く所狭うゆるぎくるに、日たけぬ、うちいでの浜くる程に、殿はあはた山越え給ひぬとて御前の人々、道もさりあへず来込みぬれば、関山に皆下り居て、此処彼処の杉の下に車どもかきおろし、木がくれに居かしこまりて過し奉る、車などかたへは後らかし先にたてなどしたれど、猶類ひろく聞ゆ、車十ばかりぞ袖口物の色あひなども漏り出でて見えたる、田舎びずよしありて、斎宮の御くだり何ぞやうの折の物見車思し出でらる、殿もかく世に栄え出で給ふ珍しさに数もなき御前ども、皆目留めたり、九月晦日なれば、紅葉のいろ/\こきまぜ霜がれの草、むら/\をかしう見え渡るに関屋よりざとはづれ出でたる旅姿どもの、いろ/\の襖のつぎ/\しき縫物、結染のさまもさる方にをかしう見ゆ、御車の簾おろし給ひてかの昔の小君、今は右衛門の介なるを召し寄せてけふの御関むかひは、え思ひすて給はじなどの給ふ御心の中いとあはれに思し出づる事多かれど、おほぞうにてかひなし、女も人知れず昔のこと忘れねば、とり返して物あはれなり。

此の女は空蝉のこと、こゝを画いたものでは有名な俵屋宗達の屏風(澪標と一双)(岩崎小弥太氏蔵)があり、重要美術品となつてゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)