鍾馗

提供: ArtWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動

しょうき


画題

画像(Open)

解説

画題辞典

俗伝に曰く、唐玄宗皇帝開元中痁疾に臥せるに、夢に一小鬼あり、絳犢鼻を着、一足は跌、一足は履、殿上に戯る、帝叱して曰く何者ぞ。小鬼曰く、臣は耗虚なり、虚は空虚、人の物を盗みて戯れとなす、耗は人の家の喜事を耗して憂とせずと。其時別に一大鬼あり、破帽を頂き藍袍を着し、角帯を繋け朝靴を穿ち、来りて小鬼を据へて之を啖ふ、而して曰く、臣は終南山の進士鐘道なり、高祖の武徳中挙に応じて捷せず、故郷に帰るを羞ぢ、殿楷に触れて死す、此時縁袍を賜はりて葬らるゝもの、今天下虚耗妖孽の事を除くのみと、言訖って夢覺め。帝の疾癒り、即ち画家呉道子をして其像を画かしむ、是れ鐘道の権輿なりと、蓋し鐘道は終葵の意にて、古来一大神の槌を以て小鬼を打殺するの図のありしを、槌を終葵と称するより文人戯れに鐘馗の文字を宛て鐘道進士伝を作りしなりという。虚耗は貧神なるより貧を駆逐する意味にて、支那にては元旦に此図を懸くるを習となす、我邦にては幟、掛軸に描かれ端午の節の祝に用いらる。随って其図甚だ多し。歴代名公画譜にある戴文進の鐘馗は驢馬に乗りて橋上にあり、従者荷を肩にして之に従ひ、荷の中には手足を括りし鬼こあるというもの、狩野家にて屡々此図を取りたり。又雪舟の図には唐笠を冠り剣を持したる横向きのものもあり。

伝呉道子筆(井上侯爵所蔵)、周耕筆(東京美術学校所蔵)、雪村筆(成瀬子爵所蔵)、山田道安筆(東京帝室博物館所蔵)、雪舟筆(秋元子爵旧蔵)、啓書記筆(林伯爵所蔵)、狩野探幽筆(備前池田侯爵旧蔵)、円山応挙筆(但馬応挙寺蔵)、谷文晁筆(村田某氏所蔵)、渡辺崋山筆(神奈川小川氏所蔵)

地治初年狩野芳崖の描きしものは、日本画に始めて洋画の描法応用を試みしものにして最も有名なるものなり。

(『画題辞典』斎藤隆三)


東洋画題綜覧

支那の唐の世に終南山の進士だというて、玄宗皇帝の夢に現はれ、天下の虚耗の妖孼を攘はんといつた人、其の像は巨眼多髯にして黒衣を纒ひ、冠を着け、剣を抜いて小鬼を捉へてゐる、古来日本では端午の節句に、此の像を懸けて、魔を攘ふことにしてゐる、その形もに騎るあり、馬に跨るあり、正面あり、横向あり、雲中にあるもの、帷幕をかかげて姿を現はしてゐるもの、さま/゙\に画かれてゐる、『後素説』に曰く。

唐逸史、明王開元講武驪山、翠華還宮、上不悦因痁疾作、昼夢一小鬼、衣絳犢鼻、跣一足履一足、腰懸一履、搢一筠扇、盗大真繍香囊及上玉笛、繞殿奔戯上前、上叱問之、小鬼奏曰、臣乃虚耗也、上曰、未聞虚耗之名、小鬼奏曰、虚者望空虚中、盗人物如戯、耗即耗人家喜事成憂、上怒欲呼武士、俄見一大鬼、頂破帽衣藍袍繋角帯鞁朝靴径捉小鬼、先刳其目、然後劈啖之、上問大者爾何人也、奏云、臣終南山進士鍾馗也、因武徳中応挙不捷、羞帰故里、触殿階而死、是時奉旨賜緑袍、以葬之、感恩発誓与我王、除天下虚耗妖孼之事、言訖夢覚、痁疾頓瘳乃詔画工呉道子曰、試与朕如夢図之、道子奉旨、恍若有睹、立筆成図進呈、上視久之撫几曰、是卿与朕同夢、爾賜以百金。  (事文類聚前集六)

野人閑話、昔、呉道子所画一鍾馗、衣藍衫☆(革偏+おおざと)一足眇一目腰一笏、巾褁而蓬髪鬢、左手捉一鬼、以右手第二指捥鬼眼晴、筆跡遒勁実有唐之神妙、有得之者、以献偽蜀主、甚愛重之、常懸於内寝、一日召黄筌、令看之、筌一見称其精妙、謝恩、訖昶謂曰、此鍾馗若拇指捥鬼眼晴則更有力、試為我改之、筌曰、呉道子所画鍾馗、一身之力気色眼貌倶在第二指、不在拇指所以不敢輒改、筌今別画、雖不及古人、一身之力意思併在拇指昶賞筌之能、賜以綵殿銀器。  (同巻)

と、今日伝ふるところの鍾馗の像、多くは之に拠つたものであらう、画かるゝ所極めて多い、二三の例を挙ぐ。

  • 雪舟筆     (破帽側面)  郷男爵家旧蔵
  • 周文筆     (同)     因州池田家旧蔵
  • 探幽筆     中鍾馗左右鬼  池田侯爵家旧蔵
  • 啓書記筆    (背向)     青地家旧蔵
  • 鈴木其一筆   (雲中)    宮田家旧蔵
  • 田能村竹田筆  『鍾馗煎茶』  松本双軒庵旧蔵
  • 柴田是真筆   『円窓鍾馗』  浅田家旧蔵
  • 狩野芳崖筆   『騎馬鍾馗』  島田墨仙氏蔵
  • 渡辺崋山筆          波多野古渓旧蔵
  • 狩野探幽筆   『騎虎鍾馗』  郷男爵家旧蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)