車争

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くるまあらそい


画題

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解説

画題辞典

源氏物語葵の巻に出でたることなり。加茂の斎院に朱雀院の御一腹の姫宮斎宮に立給うが故に、加茂の祭の際何れも之れが見物にと加茂の堤のほとりに出でさせ玉へり。此時、光源氏大将の北の方葵の上と六条の御息所とに兼ねての意趣とて、見物の場に於て乗用の牛車の場所につきて位置争あり(牛車を適当の位置に立てゝその中より見物すること当時の習慣なり)、葵の上の舎人ども御息所の車押し除けて恥を与え、葵の上の車を先に立たしめたり、之を車争といふ、当時の世間には斯様のことは往々ありしことどもなり。此事源氏絵巻などには画かるゝこと固よりなれども、その他単独にも好画題として描かるゝ多し。

名高きものは狩野山樂が画にして九条侯爵所蔵の屏風なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

源氏物語』葵の巻の一節、加茂の斎院に朱雀院の姫宮が斎宮に立ち給ふといふので、加茂の祭は非常な賑ひで、我も我もと見物に出かける、丁度光源氏の北の方葵の上の車も、六条の御息所の車も、同じやうに加茂の堤に来て見物しやうとする、その車の置き場所の争ひから、葵の上の舎人ども、御息所の車を押しのけて散々に恥ぢしめる、その条に曰く

隙もなう立ちわたりたるに、装しう引き続きて立ちわづらふ、よき女房車多くて、雑々の人なき隙を思ひ定めて、皆さしのけさする中に、網代の少しなれたる、下簾のさまなどよしばめるに、いたう引き入りて、ほのかなる袖口、裳の裾汗衫など、物の色いと清らにて、殊更に寠れたるけはひ、著く見ゆる車二つなり、これは更にさやうにさしのけなどすべき御車にもあらずと、口ごはく手触れさせず、何方にも若きものども酔ひ過ぎ立ち騒ぎたる程のことは、えしたゝめあへず、おとな/\しき御前の人々は、かうなどいへど、え留めあへず、斎宮の御母御息所、物思し乱るゝ慰めにもやと、忍びて出で給へるなりけり、つれなしつくれど、おのづから見知りぬ、さばかりにてはさないはせぞ、大将殿をそ豪家には思ひ聞ゆらんなどいふを、その御方の人々も交れれば、いとほしと見ながら、用意せんもわづらはしければ、しらず顔をつくる、遂に御車ども立て続けつれば、ひとだまひの奥におしやられて、ものも見えず、心やましきをばさるものにて、かゝるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたき事限りなし、榻なども皆押し折られて、すゞろなる車の胴にうちかけたれば、又なう人わろくやしう、何に来つらんと思にかひなし、物も見で帰らんとし給はへど、通り出でん隙もなきにことなりぬといへば、さすがにつらき人の御前をわたりの待たるゝ心よわしや。

つれなく過ぎ給ふにつけても、なか/\御心づくしなり。

此の車争ひを画いたものでは、九条公爵家所蔵、山楽の傑作が有名である。浮世絵には岩佐又兵衛筆六曲半双(大橋新太郎氏蔵)の大作がある。

近くは文部省展覧会第四回に荒井寛方之を出品してゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)