諏訪明神について

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諏訪明神について



起源としては、二説ある。(以下引用文)

一、「古事記」「日本書紀」に語られている伝説によると、大国主命と越の国の沼河姫との間に生まれた建御名方命は、大国主命の国譲りの時、容易に承知せず天照大神の遣わされたタケミカヅチの神とアメノトリフネの神と力競べをすることになった。しかし、建御名方命はこの二神に簡単に負けて、逃げ出してしまう。天照大神の遣いの二神はそれを追って信濃の国諏訪の池のほとりに追い詰めて殺そうとした。そこで建御名方命は国を譲ることにして、自身は諏訪湖のほとりに止まった。それが諏訪明神のはじまりであるとされている。


ニ、昔、近江の国、甲賀に甲賀権守という者がいた。彼には三人の息子がいて、嫡子を甲賀太郎、次男を甲賀次郎、三男を甲賀三郎といった。甲賀三郎が魔物を退治に出掛けると、地面に穴が開いている。三郎が中に入るとそこには魔物に捕われていた姫君がいた。三郎はこの姫君を助けた。しかし、姫君があまりにも美しかったので、兄の甲賀太郎と次郎は姫君をわがものにしようと、三郎を騙して穴の中に落としてしまう。三郎の落ちた所は異国であった。三郎は異国をさまよい、やっとのことで日本に帰ってくるが、出てきた所は信濃の国、浅間山の大沼であった。無事に帰っては来たが、三郎の体は巨大な蛇に変わっていた。道行く人々に恐れられるためにしかたなく蛇身になった三郎は塔の下に隠れていた。するとその塔の前に、僧に身を変えた神が現れた。三郎はその僧の教えにより人身にもどることになる。人間の姿となった三郎は穴に落とされる前に助け出した姫君と巡り会うことができた。そして二人は天竺に赴き、神になって三郎と姫君は日本に帰ってきた。その後二人は信濃の国に諏訪の上社、下社としてそれぞれ示現したという。

『日本奇説逸話伝説大事典』より引用



諏訪明神の縁起として一般に広く親しまれているのは、ニつ目の方であり、「神道集」巻十に「諏訪縁起事」としてあるのをはじめ、「諏訪の本地」または「諏訪縁起」として伝承されている。 甲賀三郎が巨大な蛇になったのには、諏訪明神の神体が竜蛇であることが関係していると思われる。諏訪明神の神体は竜蛇であると古くから伝えられている。諏訪大明神絵詞」にも諏訪明神が竜に化現したことが書かれている。(同書参照)


明神の使い

天照大神猿を使とし給ひし事あり。春日神は鹿を使ひ給ひ、岩清水八幡神は鳩を使ひ給ひ、諏訪の神は蛇を使ひ給ひ、稲荷山の神は狐をつかひ給ひ、熊野の神は鳥を使ひ給ひ、松尾の神は亀をつかひ給ひ、息吹山の神は猪を使ひ給ひ、気比の神は鷺を使ひ給へり。

(『日本随筆大成』「傍廂」より引用)

「傍廂」:佐藤彦麻呂著。嘉永六年(1853)、江戸浜町の住居に添えて建てられた小屋に於て、暇々に草したものだったという。



『日本随筆大成』日本随筆大成編輯部 吉川弘文館 1876年10月5日