董奉

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とうほう


画題

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解説

画題辞典

董奉、字は君異、侯官縣の人なり、年を経て顔色更に老いず、杜爕なるもの嘗つて交洲に刺史となり、毒病を得て死す、然るにそれより三日の後にして奉之に薬を与へて蘇生せしむ、刺史即ち奉の為めに高楼を中庭に設け、之に居らしむ、奉飲食せず、唯脯棗を食ひ酒を飲む、已にして奉死す、即ち之を殯埋せしめしに、七日にして奉に会ふたるものありといふを聞き、棺を開かしめたるに、唯一帛を見るのみなりしという、後奉移りて山間に居り、水を呪し病を治す、重病癒ゆるものに杏五株を、軽病癒ゆるものに杏一株を植ゑしむ、数年にして杏樹森然林を為し、山中群獣居る、奉樹下に一箪倉を作り、杏を得るもの穀一器を倉中に置かしむ、虎之を守るを以て人の盗取するものなし、已にして奉倉中の穀を取りて貧窟に賑救す、後一女の白●の魅する所となれるものを治して妻とし尋いて白日昇天す、

東京岡部氏所蔵に谷文晁の筆あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

董奉は支那の仙人、字は君異、侯官県の人、仙術を得てよく人の病を治す、杜燮といふもの毒の為め病死するや、奉、三丸薬を与ヘて之を蘇生せしめた、燮は具さに死から蘇生までの夢を語る、又廬山に帰つて癩病者を治し、又旱天に雨を降らせたりして徳を施こしてゐた、殊に面白いのは治療して銭を取らず、返礼には杏を植ゑしめたことである。

奉居山間、呪水治病不取銭物、重病愈者但使栽杏五株、軽者一株、如此数年、計得杏七万余根、森然成林、山中群獣遊戯樹下、竟不生草、有如耘治也、杏毎熟時、奉、於樹下作一箪倉語人曰、欲買杏者不須来報、径自取之、但将穀一器、置倉中即自取杏、一器毎有納穀少而取杏多者即有虎随後逐之、其多取杏即傾覆地上、虎即還去、有偸其杏者、至家即死、其家速送杏還、叩頭謝過即活、自是買杏更無欺者。  (有像列仙伝巻三)

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)