芋茎祭

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ずいきまつり


画題

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解説

東洋画題綜覧

十月四日京都北野神社の祭礼をいふ、昔は毎年九月四日、西の京に住む神社の社家が各々作つた新穀蔬菜果実を盛つて、これに草花を挿し神社に献じ、以て五穀成就の報賽としたのを始めとする、是を瑞饋祭と称した、後、幾多の変遷あつて、慶長十二年には葱花輦形を造り、ずゐきの音に縁があるとて芋茎を以て屋根を葺きこれを芋茎御輿と称へたが後廃せられ、明治二十三年に再興せられて毎年十月四日神幸鹵簿の後から巡行することになつた、神輿の造り方は框、轅などの骨子となるべき所は木製とし、屋根は芋茎にて葺き、柱、榱をはじめ、華表瓔珞等は総て野菜類で作り、所々に花鳥人物などを嵌め込む、花鳥人物は湯葉、寒天、海藻等、悉く天然のものを用ひ腥いものを避ける、輿は古くは葱華輦形であつたが、近世に至つて四方千木形六方鳳輦形となり、高さ猫足の下から千木の上まで九尺五寸、屋根軒先は六尺七寸四方である。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)