翁草

提供: ArtWiki
移動: 案内検索

おきなぐさ Okinagusa 


総合

神沢杜口(著)

翻刻:日本随筆大成 第三期 19巻~24巻

電子テキスト

巻167

書籍板行の事

書籍の事、慶長の国初迄は皆写本にて僅に伝り来りしを、神祖林家に命ぜられ、或は其道々の人に穿鑿校合を仰付られ、神儒仏の諸経を始め、あらゆる和漢の書籍を梓行せらる、此の聖功幾ぞや。去ればこそ二百年来、日本の学文大に募りて、追々学者出て、末書を編録し、其風世に蔓りて、無益の雑記迄も悉く開板して、世に充満せり。是故に婦童迄も物を弁ふるは、偏に国恩に非ずや。かゝる恩沢を弁へずして、我独 識顔に神祖の御事を難じ奉る族は、国賊の類ひならし。白石先生なども、此印行の事を恐嘆して、猶も桜木の磨滅を患ひ、願くば鋼板に命ぜられ度由を、新安手簡に書置れし。 又印行に漏たる写本と云物は、道々の秘訣、或は御当家の事を録せし類ひなり。総じて、物の秘は其事を大切にして、他へ漏らさぬの意なれども、余り秘蔵過て、或は一子相伝、一人一伝などゝ云ふ禁式を立る故に、之を稟得たる人夭死するか、又故障有る時は、大切の事夫切に退転せんは、豈残念ならずや。極秘に至ては、後来に絶せず伝へて聯綿せんことを本意ならめ、然ば機を選て、幾人へも附与する方がよかるべし。又御当家の事を記るに、世を憚りて、他見を許さず珍蔵し、上よりも適此類板行すれば、御咎有る事、いかなる訳にや、愚之を弁へざる処なり。

往年東国太平記、〔割註〕関ケ原御陣のことを録す。」石田軍記、〔割註〕上に同。」九州記、〔割註〕九州諸家の事を記。」絶板仰付られ、其後義臣伝、〔割註〕浅野家士報讐のこと。」是又滅板被仰付、編者深淵子 片島宇右衞門 板元共御咎有り。其外少にても御家の事を録する物は、停止被仰付、此節も本佐録〔割註〕本多佐渡守編述の書なり。」開板の事に付、書林梶川七郎兵衛御咎有之由。

中華にては、当朝の事を憚りなく録するに仍り、歴朝の国史連綿たり。今の如きは、御当家の事後世に伝るまじき様に覚ゆ。あたら神祖の洪徳を普く人の知らざる故に、自ら国恩の大なるを知らぬ様に成事歎くに余り有り、庶幾は歴世他家の武将の事よりも、神祖の御事を飽迄も審に録して梓行し、後世に伝へたき事なり。都て唐土には物の秘なし、和国は量狭くして、仮初の事にも秘を付るなり。世の害に成事は、板に附け、広く世に知らせ度事は秘して板行を憚るは、大なる間違ひならんかし。 其上写本と云物は、魯魚烏焉馬の謬有れば、大切の事に書違ひ等有て、証例にならず。我如き書写を好むものは、其誤を慎て、一字の仮名をも心を用ひて書けども、夫だに心静ならざる時には、得ては書損じ有り。増て筆耕などに写さしむれば、聊心を用ひず、はか行に書故に、落字誤字多く、理義分り兼る事、間々多し、大切のものは、他筆を頼むべからず、自書して書誤れるは校合の時自から思惟すれば、凡の事分る物なり。 諸録に有る後世の啌は、穿議すれば大旨正し易し、上古の嘘は啌にて通るなり。水戸西山公や、契沖など、色々穿議有とも知れぬ事は知れぬなり。先代旧事本記なども、上代の偽書なりと云り。千年以前の事は風俗も格別違ひぬれば、思ひ量る事難し、況や神代の事に於てをや。本朝通鑑に、日本は呉の泰伯の末と有を、西山公難じ給ひたり、此書世上へ出でずとかや。前巻に委し 愚思へらく、泰伯の裔と云は、究て妄誕なるべし。近く其証例を云んには、和国へ漢字の渡りしは、逢に後の事なり、夫迄国字有る由、神学の方にて申伝ふれども、聢と国史に見えず、たとへ有とても、横文字の類ひ成べし、仍て神代の事後世に伝はるべき道理なし (日本随筆大成3期24巻