空蝉

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うつせみ


画題

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解説

画題辞典

一。空蝉は源氏物語の一節なり。光源氏(ひかるげんじ)の君、伊豫之助といいしものゝ家にありし女見そめて通いしも逢わざりしかば、源氏その女の弟小君というを召出して侍側とし、伊豫之助の不在に乗じ、小君と同車して彼家に行き、人静まりて後忍び出で玉いしに、その女継娘と碁打ちてありしが、源氏の来れるを知りて隠れて去り、蝉のもぬけの衣ばかり残しぬ、源氏心にもなく残り居たりし娘に会い玉うとなり、扱心ざせし人の脱ぎて残しゝ衣取りて帰り。その翌日源氏のかたより「空蝉の身を出てけり木のもとに なほ人がらのなつかしき哉」と贈りたり、此の歌の故に此巻を空蝉というなりとぞ。源氏の一節として画かるゝ所少しとせず。二。謡曲にして源氏物の一なり、源氏物語空蝉の合よりとれるものなり。旅僧京三条京極中川に着きけるに折りしも蝉の声あわれげに聞ゆるに、「空蝉の葉に置く露の木隠れて忍び〳〵に濡るゝ袖かな」と云う空蝉の源氏に答えし歌など口吟みけるに、空蝉の霊里女となりて現われ源氏の歌をも所望し、生前の物語をなし。此所は元空蝉の住居せし処、かの中川の御方違(御方違え)の路なりとて回向を頼み、遂に其の読誦によりて誠の空蝉と化し、舞を奏し、夜の明くると共に消え失せしことを仕組めり、処は京都、季は七月なり。(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

源氏物語五十四帖の第三、光源氏十七歳の時のことを記してゐる、伊予之助といふものゝ家にある女を垣間見、通ひつめたが会はれず、女の弟の小君といふ童を近侍として使ひ伊予之助の留守に小君を伴ひ女の家に忍んだ処、その継母と碁を囲んでゐた女の、源氏が来たを知るや直ちに匿れてしまひ、あとには薄衣一つ脱ぎすてゝあつた、その翌朝、源氏は 空蝉の身を出でてけり木のもとになほ人がらのなつかしきかな

の一首を贈つた、巻の名は此から出てゐる。その一節を引く。

昼はながめ夜はねざめがちなれば、春ならぬこのめも、いとなくなげかしきに、碁打ちつる君、今宵はこなたにと、いまめかしくうち語らひて寝にけり、若き人は何心なくいとよくまどろみたるべし、かゝるけはひの、いとかうばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに単衣うちかけたる几帳の透間に、暗けれどうちみじろきよるけはひいとしるし、あさましく覚えて、ともかくも思ひわかれず、やをら起き出でて生絹なる単衣一つを着てすべり出でにけり、君は入り給ひて唯一人臥したるを心安くおぼす、床の下に二人ばかりぞ臥したる、衣を押し遣りて寄り給へるに、ありしけはひよりは、もの/\しく覚ゆれど、おもほしもよられずかし。

謡曲の『空蝉』は源氏物の一つ、空蝉の歌を骨子にしてあるが、旅僧が空蝉の幽霊に出逢ひ、空蝉が中川の宿りに源氏の君に逢ふ物語をすることになつてゐる。

「空蝉に身を替へてける木の本に、猶ひとがらのなつかしきかなと、詠じ給ひし御返事は、「忍び/\に濡るゝ袖、扱は空蝉の御歌よのう、「中々なれやあはれ実に、こゝははかなき中川の御方違の跡ぞかし、よくよく弔らひたまふべしと、「夕暮に命かけたる蜻蛉の有りやあらずや問ふ人も、無き世なりけり、あはれと思し召されよ、実にや名残をば、庭の浅茅に留めて物すごき夕なれ。

流石に趣向も面白く、絵にしても趣きがある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)