真如堂

提供: ArtWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動

しんにょどう


画題

画像(Open)


解説

画題辞典

真如堂は京都名所の一なり、鈴声山真正極楽寺という、戒算上人の開基なり、本尊、阿弥陀仏は慈覺大師の作にして、もと叡山常行堂に安置せしを、永観年中、雲母坂地蔵堂に遷し、続いて今の地域の一隅に白河女院の離宮を仏閣として移し、文明九年更に今出川に移り、数回の変遷を経て、元禄五年今の地に復せるものなり、境内一万五千坪餘、堂塔壮観を尽くす、京名所絵として画かるゝ所多し、

又真如堂縁起絵巻は国宝と指定されたるものなり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

京都名所の一、天台宗の寺で、鈴声山真正極楽寺といふ、真如堂はその本堂の名である、京都吉田神楽ケ岡の東にあつて戒算を祖とする、戒算は天喜元年正月二十七日、九十一で入寂した、その本尊阿弥陀の像は円仁(慈覚大師)の作で、もと叡山常行堂にあつたのを戒算が永観二年雲母坂の地蔵堂に遷し、更に此地に安置したもの、正暦三年に本堂を建てたが応仁の乱で焼かれ、これがため西塔の黒谷に、文明二年三月穴太に、同九年三月二十六日京都一条に、そして元禄六年今の地に復した、毎年十一月六日から十六日まで十夜の法会を行ふが、これは伊勢貞国が夢の告に依つて行つたのを濫觴とするといふ、此の寺の縁起を画いたものに『真如堂縁起絵詞』があつて国宝に指定されてゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)