男鳴神

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総合

【書誌情報】

統一書名 :男鳴神(*1)

巻冊   :一冊

分類   :黄表紙

国書所在 :【版】東北大狩野(青本集五、三巻)、早大(絵本東大全の内)

丁数   :十五丁

板元   :鱗形屋(*2)

画工・作者:不明

刊年   :不明


(*1)  東北大学附属図書館狩野文庫所蔵本、早稲田大学中央図書館貴重書本ともに他の本と合綴されており、表紙はそれぞれ「忠則情短冊」、「絵本東大全」となっている。書名は柱題「男鳴神」より。

(*2)  東北大学附属図書館狩野文庫所蔵本の1丁・6丁・11丁、各丁表の匡郭上に商標あり。早稲田大学中央図書館貴重書本には商標はないものの、6丁表の匡郭上に板元商標削除跡が見られ、東北大学附属図書館狩野文庫所蔵本と同様に鱗形屋の商標であったと思われる。


【あらすじ】

 早雲王子の家来、八釼一平は小野春風が拝した華厳宗の名号を盗み、王子の使いだといって黄金を持参し華厳宗の鳴神上人に春風の調伏を頼んだ。そして春風を殺すことができれば、伽藍を修復することを約束した。しかし、このことが明らかになり、王子と一平は島に流されることになる。

 春風の妻である當麻姫を見初め、破戒した鳴神上人は當麻姫を手に入れようと参内し山門戒壇を願った。しかしそれが叶わなかった鳴神上人は帝を恨み、龍神を封じ込め旱魃させてしまう。帝からの命を受けた當麻姫は鳴神の元へ行くと酒を飲ませ色に迷わせ、旱魃させたことを聞き出した。鳴神が寝入ってしまうと當麻姫は山へ駆け上り、注連縄を切り落とした。すると注連縄の切り口から龍が飛び出し、天に昇っていった。當麻姫にだまされたことを知った上人は姫を手篭めにして殺そうとするが、家臣に返り討ちにされ當麻姫に呪いをかけて死んでいった。當麻姫の具合が悪くなり、妖怪となった上人があらわれるようになったので、春風が鳴神不動明王として上人を崇めると妖怪は尊像となって飛び去っていった。


【雷神不動北山桜】

 歌舞伎狂言。津田半十郎・安田蛙文・中田万助合作。寛保二(一七四二)年正月大坂・佐渡嶋長五郎座で初演。五段。このうち三段目の「毛抜」、四段目の「鳴神」、五段目大切「不動」はのちに独立して、七代目市川団十郎によって歌舞伎十八番に制定される。


配役

 粂寺禅正・鳴神上人・不動明王=二代目市川海老蔵(二代目市川団十郎)

 雲の絶間姫=初代尾上菊五郎  早雲王子=中村次郎三  ほか


あらすじ

 旱魃の混乱を利用して謀反を企てる早雲王子の陰謀を背景に、鳴神上人の朝廷への怨恨、小野春道家のお家騒動などを描く。            (『歌舞伎事典』より抜粋)


*なぜ「鳴神」なく「男鳴神」だったのか

→四段目「鳴神」にはその書替女狂言「女鳴神」が存在した。そこで、「女鳴神」と区別するために「男鳴神」としたのであろう。


【『男鳴神』と『雷神不動北山桜』との差異】

・早雲王子の存在とその企み

 「雷神不動北山桜」では、早雲王子の目的は帝の位と雲の絶間姫を妻にすることにあり、とくに前者のために旱魃を利用することによって話が複雑に展開していく。しかし、「男鳴神」では、その目的が春風が拝した名号を奪い、春風を殺すことに変わっている。

 なぜこのような変更が行われているのか。それは、話を単純にわかりやすくするためであろう。「雷神不動北山桜」では、旱魃を帝のせいにして自分がその位につこうとする早雲王子が自分の計画の妨げになるものを排除していく過程で、そのほかの思惑が絡むことによって話がより複雑化していき、一段から五段まで一続きのややこしくて長い物語となっている。それを早雲王子の目的を変えることによって、単純な話の流れにし早雲王子に早々と退場してもらうことができる。また、いったん早雲王子という登場人物がいなくなることで、話自体は続いていくものの物語として一度区切りをつけることができる。


・「當麻姫」と「牛」

 まず、當麻姫であるが、元は(雲の)絶間姫という字をあてる。「當麻」も「絶間」も同じ音を持つがわざわざ漢字を変えた意味は何であろうか。ここで當麻姫から連想されるものがもう一つある。それは當麻寺に伝わる「中将姫」の伝説である。これは中将姫が仏道修行の末に、仏助を得て一夜のうちに曼荼羅を織り上げたというものである。この伝説を元に謡曲や歌舞伎の作品などさまざまな作品が作り出された。つまり、當麻寺の中将姫のことは広く知られていたと考えられる。

 次に、「牛」の存在である。鳴神上人が破戒したとき、鳴神上人の頭が牛になってしまう。「雷神不動北山桜」には一切ないことである。これは、破戒した鳴神上人を堕落したものとして描いたものであろう。このように描くことで視覚的にも楽しめるようにしたのではないかと考えられる。また、あえて牛であったのは「牛郎と織女」の民間伝承を踏まえているからではないだろうか。「牛郎と織女」は一年に一度、七夕の夜に天の川を渡って会うとされる二つの星をめぐる民間伝承である。中将姫の伝説から織女を連想させる當麻姫と彼女のせいで破戒した牛頭の鳴神上人。二つの変更によって「牛郎と織女」の伝承を想起させようとしたのではないだろうか。

 これらの伝説や伝承をにおわせる変更を加えたことで、より物語に親しみやすさを与えていると考えられる。


【まとめ】

 この「男鳴神」では先述したように、

・話の筋がわかりやすく、単純に、短くなっている。

・「牛」という視覚的に楽しめる存在がある。

・周知の伝説や伝承を想起させることで物語に親しみやすさを与えている。

というような特徴があるといえる。

 これらは、歌舞伎や狂言から青本に変換する際に受け取り手が誰であるかを想定してされた変更であるといえる。つまり、子供向けの青本で出版するからこその変更であったのだ。


【参考文献】

日本古典籍総合目録データベース 最終閲覧日:2013/5/15

・『黄表紙総覧 後編』棚橋正博、青裳堂書店、平成元年11月

・『新版 歌舞伎事典』服部幸雄・富田鉄之助・廣末保、平凡社、2011年3月

・『最新 歌舞伎大事典』富澤慶秀・藤田洋、柏書房、2012年7月

・『歌舞伎登場人物事典』古井戸秀夫、白水社、2006年5月

・『お伽草子事典』徳田和夫、東京堂出版、2002年9月

・『新日本古典文学大系57 謡曲百番』西野春雄、岩波書店、1998年3月

・『新版 日本架空伝承人名事典』大隅和雄他、平凡社、2012年3月

・『当麻曼荼羅と中将姫』日沖敦子、勉誠出版、2012年2月

・『中国神話・伝説大事典』袁珂、大修館書店、1991年4月