源氏供養

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げんじくよう


画題

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解説

画題辞典

謡曲なり。安居院(あごゐ)法印近江の石山寺に詣でんと志す道すがら、紫式部の霊里女となりて現われ、光源氏の供養をなさずして果てしより、其科にて成仏なり難きにより、石山寺にて源氏の供養をのべ給わば、其時我も顕われ共に弔ふべしと回向を頼み消え失せけるが、法印石山寺に到り、念願する間に式部現われ共に回向し、供養の布施にとて法印の表白文に因みて舞を奏し、めでたく成仏せし事を仕組あリ。処は近江石山寺、季は三月なり。安居院法印は藤原通憲の孫にして、天台宗の僧なりしが、法然上人に帰依し浄土門に移りし人にて、源氏物語の表白を書けり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

謡曲の名、安居院法印、石山寺に参詣するとて、紫式部の幽霊に逢ひ、その頼みによつて源氏物語の供養することを作つた、古名を『紫式部』といひ作者は河上神主、一に元清と云ふ、安居院法印は藤原通憲の孫で、天台宗の僧であつたが法然上人に帰依して浄土宗に入つた人、源氏の表白文をものした関係から、里の女となつて現はれた紫式部の霊から源氏の供養を頼み、法印が石山寺で供養をしてゐると紫式部が現はれて共に回向し、法印の表白文に因んで舞を奏するといふ筋、末条には五十四帖の重な巻の名が読み込んである。

抑桐壷の、夕ベの煙すみやかに、法性の空に至り、箒木の夜の言の葉は、終に覚樹の花散りぬ、空蝉の空しき此世を厭ひては、夕顔の露の命を観じ、若紫の雲の迎へ、末摘花の台に座せば、紅葉の賀の、秋の落葉もよしや唯、たま/\仏意に逢ひながら、榊葉のさして往生を願ふべし、「花散る里に住むとても、「愛別離苦の理、まぬかれ難き道とかや、唯すべからくは、生死流浪の須磨の浦を出でゝ、四智円明の明石の浦に、澪標いつまでも有りなん、唯蓬生の宿ながら、菩提の道を願ふべし、松風の吹くとても、業障の薄雲は晴るゝ事更になし、秋の風消えずして、紫磨忍辱の藤袴、上品蓮台に心を懸けて誠ある、七宝荘厳の真木柱の下に行かん、梅か枝の匂ひに移る我心、藤の末葉に置く露の、其玉葛かけしばし、朝顔の光頼まれず「朝には栴檀の、陰に宿木名も高き、官位も東屋の内に籠めて、楽しみ栄えを浮舟に譬ふべしとかや、是もかげろふの身なるべし、夢の浮橋を打ち渡り、身の来迎を願ふべし、南無や西方弥陀如来、狂言綺話を振り捨てゝ、紫式部が後の世を助け給へと諸共に鐘うち鳴らして廻向も既に終りぬ。―下略―

その紫式部と安居院法師とが、石山寺で会ふところは絶好の画題であるが、古来あまり画かれてゐない。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)