殺生石

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総合

作者 

不明

能柄 

五番物・鬼物・太鼓物

あらすじ 

玄翁という僧が下野の那須野を通りかかると、巨石がありその上空を飛んだ鳥が落ちてくる。そこへどこからともなく女性が現れ、石の付近は危険だと声をかけ、石の由来を語って聞かせた。  

その昔宮中に玉藻の前と呼ばれる学芸に大変優れた女性がいた。彼女は時の帝に愛されたが、彼女を寵愛したとたん帝は体調を崩してしまい一向に良くならない。占ってみると彼女が妖狐であることがわかった。この狐が那須野まで逃げてきて石に転じたというのである。  

そして女性は自分こそこの巨石であるといい、夜になれば真実の姿をさらそうという。 夜になると岩がわれ、狐の姿が現れた。この狐は、印度、中国、日本と参加国にわたり害を加えてきたが、今回の仏事により悪心が去ったため、今後は悪事をしないという約束として消えうせてしまう。


参考文献 「能・狂言辞典」 西野春雄 他著 平凡社 1987年せっしょうせき


画題

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解説

東洋画題綜覧

下野国那須火山の麓、那須温泉の附近にある石、伝へ言ふ、鳥羽天皇の寵妃玉藻前の悪念の石となつたもので、之に触るゝもの悉く死す、後深草天皇の宝治年間、玄翁和尚詔を奉じ下野に到ると、石の左右髑髏が山積してゐる、和尚即ち破竃堕の機縁を拈じ偈を題し杖をあげて之を打つと石忽ち砕け其夜一人の女、和尚の枕辺に現はれ我れ浄誡を受けて天に生ると云ひ捨てゝ聞え失せたといふ、石は今なほ同所の名所となつてゐる。

此の伝説を作つたものに謡曲の『殺生石』がある、安清の作で、海蔵寺開山伝から取材した、前シテ里の女、後シテ狐、ワキ玄翁、処は下野である。一節を引く。

「かやうに委しく語り給ふ、御身はいかなる人やらん「今は何をかつゝむべき、其古へは玉藻の前、今は那須野の殺生石、其石魂にて候ふなり、「実にや余りの悪念は、かへつて善心となるべし、然らば衣鉢を授くべし、同じくは本体を再びあらはし給ふべし、「あら恥づかしや我姿、昼は浅間の夕煙の、「立ち帰り夜の空なれど、此夜は明し灯の、我影なりと思し召し、恐れ給はで待ち給へと、石にかくれ失せにけりや、石にかくれて失せにけり。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)